つまり、製麺所方式だからこそ、顧客の心をつかみ、時代のニーズにマッチし、他の追随を許さない出店攻勢をかけることができたということだ。
しかし、成長の過程で、当然ながら問題にもぶつかった。たとえば店員の教育。手作りのうどんを提供するためには、他社より高い技術力が求められる。しかし、3日に1店舗開店というペースでは、長時間の教育は不可能だ。
粟田社長は、業務を細分化することを打開策とした。
「たとえば、ゆでる工程だけを1週間みっちり練習すると、その工程においてはプロになれるんです。10の工程があれば、10人の“細かなプロ”を育てるという方式です。製麺に関しては、少し時間はかかりますが、それでも1カ月ほどで身につけてもらえるようになりました」(粟田氏)
パートとして主婦を積極的に採用するという方策もこのころから始められた。料理になじみのあるほうが、すばやい技術習得が期待できる。意欲のある人は、その後にもどんどん新しい工程を覚えてもらうが、その中でうどん作りの楽しさや繊細さにふれ、のめり込む人も少なくない。
「外食チェーンは優れた調理人を必要とせず、属人性を否定することによって展開してきたものです。私たちは旧来の外食チェーンをもう一度否定した。だから店員に惜しみなくノウハウを提供しますし、長く続けているパートさんの中には、すぐにでもうどん屋を出せるという人もいますよ」(粟田氏)
(的野弘路、奥谷 仁=撮影)