よくいわれる“北崩壊説”には、ほかにも「北朝鮮が崩壊すれば、難民が日本に殺到して大変なことになる」というものがある。

06年に「拉致問題その他北朝鮮当局による人権侵害問題への対処に関する法律」が施行された。この法律は「政府は、脱北者の保護及び支援に関し、施策を講ずるよう努めるものとする」と定めており、北朝鮮から難民がやってきたら、これを保護しなければならなくなった。

だが過剰な心配は無用であろう。仮に北朝鮮という国家が崩壊したとしても、戦乱が起きなければ難民は発生しない。韓国との間に戦争が勃発すれば難民は発生するだろうが、そのほとんどは国境を接する中国に向かうだろう。間に韓国を挟んだ日本に、北朝鮮からの難民が押し寄せる可能性は少ない。むしろ韓国から、戦争や徴兵を嫌った避難民が北九州などに押し寄せる恐れがある。

そもそも国家は、戦争以外のどんな状況で“崩壊”するのだろうか。

経済と国家の安定性の関係については、研究者の間でも明確な答えは出ていない。「産業化で急速に経済発展した国では、政権が倒れやすい傾向があった」ということぐらい。あくまでも「傾向」である。

目ぼしい産業がなかった国で工業化が進むと、労働人口が農村から都市周辺に大量に移動し、人々の教育水準も上がる。それによって従来の統治体制がうまく機能しなくなり、デモやクーデターが発生して政権の崩壊に至る……というパターンが多くみられた。が、インドや中国を見れば、経済発展が政権崩壊に直結するわけではないことは明らかだ。

「経済が発展すると民主化が進む」と主張する者もいるが、これとて現実には双方が比例関係にあるわけでは決してない。シンガポールやカタール、UAE、クウェートなど1人当たりGDPが日本より高い国でも、政治制度は必ずしも民主的ではないし、10年以降の「アラブの春」による動乱で民主化したといえる国は、チュニジアのみである。

このように、経済発展の程度と国家の安定性の間には、さしたる因果関係が見当たらないのである。

いずれにせよ、利害関係が伴う運動家ならばいざ知らず、政治学の研究者の中で「北朝鮮という国家が近い将来、崩壊する」と真剣に考えている者は、私を含めてそう多くはいないだろう。日本としては当分の間、現体制が継続するという前提で対北朝鮮政策を考えねばならない。