排ガスの窒素酸化物浄化装置そのものがない

このニュースが流れたとき、同じくディーゼルエンジン車を生産販売している国産輸入を問わず自動車メーカーには、ユーザーからの問い合わせが殺到、ひとりVW製乗用車だけでなくクリーンディーゼル乗用車の人気も一時的に低落した。国内のメーカーの中で、ディーゼルエンジン車の販売台数が最も多いマツダもその例外ではなかった。

それでも、マツダはあわてなかった。

その理由は次のように、きわめて単純でわかりやすいものだったからだ。マツダが乗用車に搭載しているディーゼルエンジンには、VWの不正の対象となった排気ガスの窒素酸化物浄化装置そのものが、付いていないのだ。したがって、付いてもいないものに“不正”を施す可能性など皆無。一般のディーゼルエンジンに装着されているはずの窒素酸化物浄化装置がない、これがマツダのクリーンディーゼルエンジン最大の特長・武器であり、消費者に対しても「マツダのクリーンディーゼル乗用車に不正の余地はない」という安心感を醸成できたのだ。

『ロマンとソロバン』(宮本喜一著・プレジデント社刊)

この窒素酸化物浄化装置がない、という事実が、今回の国土交通省の路上走行試験でもすぐれた数値を記録した最も大きな理由なのだ。

それではなぜ、マツダのクリーンディーゼルエンジンには、窒素酸化物の除去装置が必要ないのだろうか?

一般的に、ディーゼルエンジンには、排気ガス浄化装置が2種類装備されており、それぞれで排気ガス中の窒素酸化物(NOx)と粒子状物質(PM)を取り除く仕組みになっている。つまり、各国各市場における排出ガス規制に適応させるためには、NOx用とPM用の浄化装置が個別に必要であり、あらゆる自動車メーカーにとって従来はこの技術的対応が困難で、“浄化装置2種類”は自動車業界の常識になっていた。

ところがマツダは、年を追って厳しさを増す世界各地の排気ガス規制をクリアするディーゼルエンジンの開発にあたって、この2種類の浄化装置のうち、NOx用装置を排除する、というある意味で、“非常識な”方針を打ち出したのだった。開発開始から6年でその開発・製品化に成功した。マツダはこのエンジンに、SKYACTIV-Dという名称を付け、その第1号車としてCX-5というマツダの新型SUVに搭載した。2012年2月のことだ。

このNOx用の浄化装置がないディーゼルエンジンの開発に成功した理由は何か? 成功のカギは何だったのか?

同社でディーゼルエンジン開発一筋のエンジニア、パワートレイン開発本部パワートレイン技術開発部長・寺沢保幸による解説は明快だった。