「視聴率は取れなくてもいい」のか?

努力することはとても大切なことです。

もちろん、読者の皆さんも日々努力されていることでしょう。しかし残念ながら、努力しても職場や社会から思ったような評価を得られないこともあります。

なぜでしょうか。

努力が不足していた。努力の方向性が間違っていた。など、理由はいくつかあるでしょう。

私が最近強く感じているのは「評価」に無頓着な人が案外多いということです。そうしたタイプは、努力という「インプット」はとても熱心にしているのに、「アウトプット」の質や、アウトプットしたものへの評価や結果に関してあまり気にしていない傾向があります。

以前、あるテレビ局のスタッフと話していたら、彼が「良い番組を作ったら、視聴率が取れなくてもいい」というようなことを言いました。私は即座に「良い番組なら、視聴率は取れるはずだ」と反論しました。

そのスタッフは企画立案し、時間をかけて取材・編集してVTR映像などを作ります。それなりの努力をして「インプット」し、オンエアー(アウトプット)する。決して手を抜くわけではありません。けれども、彼は「結果」にコミットしないと公言するわけです。

それに異議を唱えた理由は、視聴率という世間からの評価を気にしないという彼のやり方では、自己満足で終わってしまうと考えたからです。もちろん、視聴率至上主義で番組を作ることは良くありません。でも、良い番組であれば、結果として「数字」は一定程度以上取れると私は考えているのです。

努力しなければ結果は出ません。

しかし、厳しい言い方ですが、努力しているだけではどこにも到達しないことも事実なのです。努力するからには、人から評価を受けるレベルにまで引き上げることが大切です。そうでなければ、結局、誰も喜ばせることはできませんし、社会にも貢献できません。