戦後70年目の夏を迎え、太平洋戦争についての関心が例年以上に高まっている。かつての交戦国・日本とアメリカでは「あの戦争」をどのように語り継いでいるのか? 両国の高校歴史教科書を手がかりに検証してみたい。

多くの人が学問としての「歴史」に初めて出合うのは、どこの国においても学校の教科書だろう。歴史についての「常識」は、教科書によって形づくられていると言ってもいい。

しかし、学校教育における自国の「歴史」はナショナル・アイデンティティ(国民意識)形成にかかわっており、各国の歴史教科書はそれぞれの「歴史観」に沿って記述されている。グローバルなビジネスや社交の場で役立つ「教養」は、この点を自覚しない限り身につかないだろう。

そのきっかけとして、かつての交戦国であり、現在は政治・経済・文化などで深いかかわりをもつアメリカでは、太平洋戦争についてどのように教えているかを見ていきたい。

「事実を羅列した日本の教科書と異なり、アメリカの教科書では政治家の言葉を引用するなどして、臨場感あふれる書き方をした文学的な記述のものも多く見られます」と話すのは、全米で広く使われている高校アメリカ史の教科書(20種類以上)を調査した大島京子氏だ。

アメリカの教科書はA4判ほどの大きさで1000ページ前後の大部であり、その大半が植民地時代以降の約400年間にあてられている。一方、日本の標準的な高校日本史の教科書『詳説日本史』(山川出版社)はB5判で約440ページ。この分量のなかで、原始から現代まで万遍なく取り上げている。その記述の厚みに差が出てくるのは致し方ない。

全米で高い採択率をもつ『アメリカン・ページェント』(左)。アメリカの教科書には、日本の資料集にあるようなカラー図版も掲載されている(右『アメリカン・オデッセイ』)。

アメリカには日本のような全国共通の指導要領や教科書検定制度がなく、各教科書出版社が自由に編集できることも表現の幅を広げている。もっとも、「より多くの州や学区で採択してもらえるように、教科書会社は最大公約数的な記述を心がけているため、大きく内容が異なることはありません」(大島氏)。

また、日米で大きく違うのは、アメリカの教科書では論争的なテーマについて幅広い意見を提示している点だ。これは、歴史の授業が生徒に批判・評価能力をつけるため、討論を中心に組み立てられているからだという。

「例えば原爆投下について、本文では『戦争の早期終結を図るため』という政府の公式見解に沿って記述されていますが、討論の素材として原爆投下に対する批判的な意見を列挙したコラムなどを設けている教科書もあります」(大島氏)

日本では、アメリカ人の多くが原爆投下を肯定しているというイメージが強いが、教科書によってはその是非や非人道性について考えるきっかけを与えているのである。

「国際的な相互理解を深めるためには、歴史認識の違いよりも共通する部分、例えば人権や平和など普遍的な価値の捉え方にフォーカスしていくことが重要だと思います」と話す大島氏。グローバル時代の歴史教育において重要な視点だろう。

こうした相違点もふまえて、全米で採択率の高い『アメリカン・ページェント』『アメリカン・オデッセイ』の2冊と、『詳説日本史』を比較しながら、日米の教科書が描く太平洋戦争の姿を探ってみたい。