「理性の皮を被った感情」による精神的虐待

教育熱心過ぎて子供を追いつめてしまう親がよくやってしまうパターンを紹介しよう。

代表格は「どうしてできないの?」である。わからないことが理解できない、親の未熟さの表れだ。「どうしてできないの?」と言われたって子供は困ってしまう。本来であれば、「この子はなぜこんな簡単な問題が解けないのだろう。この子にとってはどこが難しいのだろう。どうやったらこの子にもこの問題の解き方がわかるようになるだろうか」と考えるべきところであるのだが、つい「どうしてできないの?」というひと言に集約してしまう。すでにそこには「どうして?」という優しい問いかけのニュアンスはない。「こんな問題ができないあなたはバカだ」という含意が、子供を直撃する。

もう1つ、よくあるのが「約束」だ。たとえばテストで悪い点をとってしまったとき、その場では激高しない。「どうしてこうなったと思う?」「これからはどうする?」などと、あくまでも冷静に、原因と対策について話し合う。ヘビににらまれたカエルのような状態の子供は、今までの反省点と改善策を話す。「具体的にはどうするんだ?」と親はさらに問いつめる。ほとんど誘導尋問であるが、こうやって子供は約束させられる。約束したときには子供も本気に違いない。しかし人間そんなに強くはない。約束が破られてしまうこともある。約束不履行はすぐに見つかる。「あなたは約束を破った」「やるって言ったじゃない!」。親はそのことを責める。約束を破るのは人の道に反することだとされているので、親はそれを「厳しく叱る正当性」を得る。子供は言い逃れができない。追いつめられてしまう。

「勉強しなさい!」「あなたはダメ人間」などとむやみに怒鳴ったり叩いたりする親は、実は少数派ではないかと私は思う。多くの親は、子供を叱るに十分な理由を見つけてから、その正論を振りかざしているのではないだろうか。「この子が約束を破ったから、そのことを叱っている」などと、正当化をしているのではないだろうか。そうやって「自分は感情的に怒っているのではない」と自分を許しているのではないだろうか。

しかし結局のところ言外に伝えているメッセージは、「あなたは自分で言ったことも遂行できないダメ人間だ。だから成績が悪いのだ」ということにほかならない。それでも子供は反論できない。逃げ場を塞がれ、完全に追いつめられてしまう。いわば、「理性の皮を被った感情」による精神的教育虐待である。