私が会社を守らないと!

「エリア責任者はすべて、本社の役員か部長が兼務します。私が副社長だった時代に、従来あった『応援隊』という仕組みを、より支配人にコミットする形に変えました。本社の男性は、フロントや清掃といったホテルの実務に通じているわけではありません。ですから、支配人に対して厳しい指摘をするよりも、味方になって相談を受ける役割を果たしてもらいます。人は誰かに見てもらっていると思えば、やる気が出るものですよね。その効果を期待しています」

東横イン代表執行役社長 黒田麻衣子氏

現場に通じていないから、部下に対して甘くなる。黒川が指摘した「男性上司の欠点」を、みごとにひっくり返して長所に変えてしまったのがこの制度だ。逆にもし現場に通じた女性、たとえば支配人経験者がエリア責任者になるとしたら、「支配人はなかなか甘えることができないでしょうね」とは、関係者の正直な感想だ。

黒田は前述のとおり、創業者の長女である。大学院を出てから3年ほど、東横インの営業企画部で新規店舗の立ち上げを担当した。北海道から沖縄まで、さまざまな土地に出向いてオープンの準備をする。仕事は楽しかったが、妊娠をきっかけに退職した。「会社を継ぐつもりはまったくなかった」からである。

その気持ちが180度変わるのは、08年に起きた事件がきっかけだ。石膏ボードの不法投棄がもとで松江市のホテルから硫化水素ガスを発生させ、負傷者を出した事件に関し、西田が逮捕されてしまうのだ。

取り調べに向かう父の姿をテレビで見たとき、黒田には電撃が走ったという。「私が会社を守らないと!」。

餅は餅屋という。10歳のころから父の車に乗せられホテルの稼働率チェックに通っていた黒田は、根っからの事業家なのである。家業の危機にあたって、その魂が目覚めたのだ。