変化のシンボル定期的に一新する伊勢神宮
なぜこうした本を書こうと思ったのか。本人が話す。
「大きな衝撃が加わった後、大きな変化が生じる。これが日本の歴史の特徴です。明治維新がそうでしたし、先の大戦もそうでした。昨今の日本にとっては、東日本大震災や中国の台頭がその衝撃に当たるのではないかと。維新や敗戦で引き起こされた大きな変化が、今回も生じたのか。それを検証したかったのです」
結果はどうだったのか。「大きな変化は起きませんでした。もちろん、地震によって反原発の動きが活発化し、エネルギー政策が変化したり、日中関係が一触即発の状況に陥ったりしたのは事実ですが、国のかたちを大きく変えるような大変化には至らなかったというのが私の見立てです」。これは多くの日本人も実感するところだろう。
では変化しなかった日本の将来を悲観的に見ているのか。そうではない。ピリングは、長いデフレ不況に悩み、天井知らずの財政赤字と未曾有の少子高齢化という爆弾を抱えた日本は衰退の道を辿るしかないという、よくある悲観論を一蹴する。
<この国は多くの問題を抱えているにもかかわらず、いまだに高い回復能力と適応能力を維持している。歴史上何度も繰り返してきたように、日本はこれらの難題の多くに正面から立ち向かい、最終的には乗り越える力があるはずだ>
その乗り越える力を彼は「変化と適応」というキーワードで説明する。
「日本という国は、表面上は変化していないように見えても、少しずつ小さな変化を繰り返しています。そうやって変化が蓄積されているから、大きな衝撃が生じた場合もうまく適応できるのです。たとえば、ペリーの黒船によって開国を余儀なくされたとき、江戸を中心とし、日本各地で都市化が相当進んでいました。それを支えていたのが読み書きできる町人や農民たちでした。当時の日本における非識字率は世界的に見ても非常に低かった。そうした質の高い人材がいたからこそ、開国と通商貿易を要求するアメリカの交渉にうまく応えることができ、大きな混乱も生じなかったといわれています」
絶えざる変化の象徴として彼が例示するのが伊勢神宮だ。そのシンプルな木造社殿は20年に一度、解体され、以前と寸分違わぬ形に建て替えられる。
「一説によると、その源流は紀元前3世紀までさかのぼることができるそうです。つまり、2000年以上前から存在する建築であるにもかかわらず、常に新しい状態が保たれているのです。過去を大切にしながら、時代に対応し、新しいものをつくり出していく。温故知新といってもいい。それが日本の特徴であり、強みであると思います」