私が仕事人生のなかで、決断のスピードを強く求められたのは職歴とも関係する。私は経営企画部門で業界全体の企画関連の仕事をのべ十数年担当した。行政から各種のオファーが次々投げられ、迅速な対応が求められた。その際、私が上司の立場になって意識して行ったのは、難しい案件はあえて一番忙しい部下に託すことだった。忙しい人間ほど、限られた時間内に多くの案件を処理するスピードが要求され、決断力が研ぎ澄まされているからだ。
部下には常にこういった。「テニスでいえば、自分側のコートにボールを置くな。常に打ち返し、次のところにボールを投げろ。ビジネスは時間軸が重要だ」。私自身、若いころは上司からそのような使われ方をしてきた。ボールは自分のところに溜めず、すぐ打ち返す。それが、忙しいなかで自分の時間をつくる最も有効な方法だった。
もちろん、すべて成功するとは限らない。失敗もある。ただ、早く決断すれば、早く失敗を察知し、問題点を修正して次善策を打てる。「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」とは、野村克也・東北楽天イーグルス元監督がよく口にした名言だ。特に勝因もなくたまたま勝ってしまうこともあるが、何の理由もなく負けることはなく、負けには必ず要因がある。
敗因にいち早く対処するためにも、決断力とスピードが重要なのだ。
あなたが決めなさい責任は私がとる
私も過去に多くの失敗を重ね、その経験が積み上がって今の自分がある。決断には勘や直観が働く部分もあり、それは多くの経験、つまり場数によって培われる。その意味で、決断力を高めるには訓練の場が必要だ。
一つのエピソードを紹介しよう。業界の企画担当をしていた課長時代のことだ。当時、法改正があり、日本損害保険協会として意見集約をすることになり、私は連絡窓口として東大卒の入社2年目の女子社員を起用した。協会の担当課長は「他社は部長級です」と渋ったが、私は彼女に重責を任せた。結果、彼女は見事な働きを見せ、担当課長からも「よかった。ほかの部長さんたちも張り切って仕事をしてくれた」と感謝された。翌年には損保協会がある団体に加盟することになり、協会長会社だった当社から彼女を担当者として出した。先方はやはり当惑したが、「彼女がいったことは私が必ず業界に通す」と推した。彼女は的確な判断で案件をまとめてくれた。