今こそ、またとない備蓄の好機

高コスト原油はシェールだけではない。いわゆる非在来型と呼ばれるカナダのオイルサンドもベネズエラのヘビーオイルも、シェールと同様、高コスト原油である。メキシコ湾などの深海油田の開発も高コストだ。油価下落は、これらの投資意欲に影響がないわけではないだろう。現に大手石油会社は来年度の投資額を減少しはじめている。

だが、シェール以外のものは、すべて在来型の石油開発と同様、長期スパンで動いている。石油開発業者は「ポイントフォーワード」で考えるから、そう簡単には方向転換はしない。(詳しい仕組みについては弊著『石油の「埋蔵量」は誰が決めるのか? エネルギー情報学入門』(文春新書)を参照)

一例をあげてみよう。日本最大の石油開発会社である「国際石油開発帝石」が先ごろ株主に配布した今年9月期の「事業活動の報告(中間)」の中に、次のような記載がある。2014年3月末日量40.5万バレルであった生産量(石油換算)を、2020年代前半には100万バレルにするのが目標であり、その過程で、「既存案件で日量70万バレル程度」を達成する、とある。

この70万バレル目標は、今後油価が安いまま推移したとしても間違いなく達成される。FID(最終投資決断)済みであり、すでに開発作業が進行中だからだ。30万バレル増である。日本の総消費量が日量約450万バレルであることを考えると、決して小さな数量ではない。一方、100万バレルの長期目標はぶれることが大いにありうる。まだ開発に着手していないものが多いからだ。

これが石油開発事業の実態である。一方、シェールオイルはこれら在来型とは異なるので、短期間での方向転換が可能なのだ。

今回のOPECの戦略は、加盟国が財政的に耐えられる限り正しいだろう。OPECの盟主であるサウジアラビアや湾岸諸国は当分の間、耐えられるだろう。だが、財政的に脆弱なベネズエラなどの産油国は問題だ。原油収入減が政治不安、社会不安を引き起こすリスクがある。それが原油生産に悪影響を与えるのは、これまでに何度も起こっていることだ。この地政学的リスクは間違いなく価格上昇要因になる。

価格上昇要因は他にもある。たとえば、既に述べたようにアメリカのシェールオイルはいずれ減産傾向に入る。これも価格上昇要因だ。また、OPECがタイミングを見計らって減産してくるかも知れない。その時は間違いなく油価は上昇する。さらに、多くの識者が指摘しているように、今回の価格下落により石油開発投資が減少し、近い将来ふたたび供給不足になるという事態も十分に予測できる。つまり、短期的には低価格が続きそうだが、中長期的には再び価格上昇リスクを抱えているということだ。

消費国であるわれわれがいま心すべきことは、近い将来原油価格は再び上昇する、それに如何に備えるか、である。わが日本は、今こそ原油国家備蓄を増強すべきだ。価格が低迷している間こそ、2014年9月末現在111日分となっている国家備蓄量を2年分くらいまで安価で増強しうるチャンスだ。政策当局者にはぜひ真剣に検討して貰いたい。これこそが国民が望むエネルギー安全保障政策ではなかろうか。

岩瀬 昇(いわせ・のぼる)●エネルギーアナリスト、金曜懇話会代表世話人。1948年、埼玉県生まれ。エネルギーアナリスト。浦和高校を経て、東京大学法学部を卒業。71年三井物産入社、一貫してエネルギー関連業務に従事する。その間、香港、台北、2度のロンドン、ニューヨーク、テヘラン、バンコクの延べ21年間にわたる海外勤務を経験。2002年より三井石油開発に出向。10年常務執行役員、12年顧問に就任。14年6月に三井石油開発退職後は、新興国・エネルギー関連の勉強会「金曜懇話会」代表世話人として、後進の育成、講演・執筆活動を続けている。近著として『石油の「埋蔵量」は誰が決めるのか? エネルギー情報学入門』(文春新書)がある。 >>金曜懇話会 https://ja-jp.facebook.com/platform.japan
(岩瀬 昇=文、石橋素幸=撮影)