製造業で雇用が失われても問題ない

iPhoneの物語は、一見アメリカや日本などの先進国の住人にとって気がかりなものに思えるだろう。iPhoneはアメリカの象徴のような商品で、世界中の人々を魅了している。それなのに、アメリカの労働者が主要な役割を担っているのは、イノベーションの段階だけだ。高機能の電子部品の製造も含めて、生産プロセスのそれ以外の段階は、シンガポールと台湾にあらかた流出してしまった。不安になるのは無理もない。今後、雇用はどうなるのか? アメリカだけでなく、日本や韓国にはじまり、イギリスやドイツにいたるまで、所得の高い国の国民は同じ不安を感じている。

アメリカの状況は、そうしたほかの国々にも参考になるだろう。過去半世紀、アメリカ経済は、物理的な製品をつくることを中心とする産業構造から、イノベーションと知識を生み出すことを中心とする産業構造へ転換してきた。アメリカは製造業の雇用のほとんどを失ったが、これまでのところ、イノベーション産業の雇用はしっかり維持されている。大半の新興国は、最近まで高度な技能を要求されない労働集約的な製造業に力を注ぎ、主として価格の安さを武器に競争してきた。

いずれは、そうした国々も「デザインド・イン・カリフォルニア(=カリフォルニアでデザインされた)」製品を量産するだけの役割では満足できなくなるかもしれない。そのとき、多くの新興国はイノベーションに本腰を入れはじめるだろう。現にインドのバンガロールには、いわばインド版シリコンバレーが栄えており、IT産業が発展してきている。中国もすでに、ヨーロッパのすべての国より多くの特許を新たに生み出すようになっており、テクノロジー産業が年々成長している。

それでも、アメリカや日本のような国はイノベーション産業に非常に強い比較優位をもっており、何十年も先まで先頭を走り続けられるだろう。なぜそう言えるのか? 昨今のグローバル経済をめぐる議論ではしばしば見落とされているが、アメリカや日本の経済がある特徴をもっているからだ。本書では、その特徴を明らかにし、それが雇用にとってどうして重要な意味をもつのかを論じていきたい。

ここではさしあたり、このような楽観的な見方が単なる机上の空論ではないことを指摘しておこう。アメリカのイノベーション関連の雇用が減っていないことは、データにもあらわれている。むしろ、この分野の雇用は爆発的に増えている。メディアでは、新興国へのアウトソーシングばかりが話題になるが、アメリカのイノベーション産業の優位は強まりこそすれ、弱まってなどいない。イノベーション産業は、雇用と経済的繁栄の原動力の一つになりつつある。本書で見ていくように、その恩恵を受けるのは、教育水準が高くテクノロジーに精通した人だけではない。イノベーション産業の成長は、そうした産業で働いていない人も含めて、すべての働き手にきわめて大きな恩恵をもたらす。その点では、教育レベルの低い人たちも例外ではない。

ただし、よいニュースばかりではない。このような経済の変容は、同じ地域内に勝者と敗者を生み出し、地域間や都市間では、雇用と人口と富の移動を空前の規模で引き起こしはじめている。新しいイノベーションハブ(イノベーションの拠点)が成長し、旧来の製造業の都市が衰退しつつあるのだ。しかも、勝者と敗者の格差はこれまでにない速さで拡大している。それは偶然の結果ではなく、イノベーション産業の台頭を突き動かしたのと同じ経済的要因がもたらす必然の結果だ。アメリカの成長エンジンが成功を収めることにより、地域間の経済格差が拡大している――そんなジレンマが生じているのである。そして以下で論じるように、誰がその勝者と敗者かは、一般のイメージとはだいぶ違う。

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