深センは、アップルのスマートフォン「iPhone」やタブレット型端末「iPad」が組み立てられている場所でもある。iPhoneは、経済のグローバル化の申し子と言っていいだろう。この製品が生産されるプロセスに着目すれば、グローバル化が雇用の分布をどのように変えつつあるかが見えてくる。日本とアメリカの労働者が直面している困難の本質も浮き彫りになる。
昔、IBMやヒューレット・パッカード(HP)といったアメリカの大手コンピュータ企業は、製品を自社でつくっていて、工場は従業員の住んでいるアメリカ国内にあった。しかし今日、アップルの従業員がiPhoneを1台1台製造することはない。製造はアジアの何百社もの業者にアウトソーシングされているのだ。そのサプライチェーンは、経済的に見ればきわめて理にかなっており、まさに芸術の域にまで磨き上げられている。アップルは、おしゃれな製品のデザインと同じくらい、サプライチェーンのデザインにも力を入れている。
iPhoneは、カリフォルニア州クパティーノのアップル本社にいるエンジニアたちが考案し設計した。生産プロセスの中でいまも全面的にアメリカ国内でおこなわれているのは、こうした製品デザイン、ソフトウェア開発、プロダクトマネジメント、マーケティングといった高付加価値の業務だけだ。この段階では、人件費を抑えることはさほど重要でない。創造性、創意工夫の才、アイデアの創出のほうが重んじられる。
一方、iPhoneに用いられている電子部品の製造は、主にシンガポールと台湾でおこなわれている。これらの部品は最先端のものではあるが、その製造過程は、iPhoneのデザイン過程ほどは知識集約的でない。生産プロセスの最後には、最も労働集約的な段階がひかえている。部品の組み立て、在庫の保管、製品の箱詰めと発送などである。この段階で最も重んじられるのは、人件費の安さだ。これらの業務は深セン近郊でおこなわれており、アップルの下請けである台湾のフォックスコン(富士康)という企業がそれを取り仕切っている。
世界有数の規模を誇る工場で働く労働者は40万人。敷地内に、寮や商店、映画館まであり、工場というより、さながら一つの町だ。労働者は、たいてい12時間連続で勤務し、日々のほとんどの時間を工場の敷地内で過ごす。もしあなたがアメリカに住んでいて、オンライン通販でiPhoneを購入すれば、商品は深センから直接アメリカに配送される。あなたの手に届くまでに、最終製品に物理的に手を触れるアメリカの労働者はただ1人――宅配業者のドライバーだけだ。