保守的なフランス人との壮絶なバトル

ポンピドゥー・センター・メス(photo by Didier Boy de la Tour)

何しろ、このプロジェクトの過程で、高校時代はラグビー部のフォワードとして活躍し、全国大会にも出場したタフな坂が激しい腰痛にみまわれ、ギプス装着に追い込まれている。157組が参加した設計コンペで勝った坂は、原案どおりに竣工させるために施主のメス市長や施行者のゼネコンと壮絶なバトルを展開した。フランスでコンペに勝った建築家の多くが「仕方ない」と諦めて引く局面で坂はまったく引かなかった。

フランス人は「最高のものを手に入れるために外国人に機会を与える」先進性と、「主導権は渡さない」保守性の両面を持っている。坂がコンペを制した後、メス市長は坂の事務所のフランス人パートナーを排除し、別の建築事務所を押しつけようと画策した。坂を飾り物にし、プロジェクトを操ろうというわけだ。坂は弁護士を雇って、裁判に訴える。当然、プロジェクトは全面的に止められる。

一種の「兵糧攻め」を受けながら、裁判闘争を続けた。ぎりぎりの段階でメス市長選挙が行われ、敵対する現職が落選。左派の新市長が誕生してパートナーの首はつながった。ところが、次はゼネコンが立ちふさがる。勝手にコストを引き下げて設計プランを骨抜きにしようとした。坂の腰には激痛が走り、歩けなくなった。椎間板ヘルニアと診断され、手術を受ける寸前に「心因性」とわかり、ギプスを装着し、何とか踏みとどまる。

最大の懸案は真っ白な貝が空を飛んでいるような屋根を支える木質構造だった。フランスの構造設計事務所は巨大な竹籠を想わせる構造体の予算を、当初の倍の10億円と見積もってきた。坂がふり返る。

「屋根の木質構造は、中国の伝統的な竹を編んだ帽子に着想して、六角形と正三角形のパターンで構成しました。曲面を構成する集成材の上・下弦材を幅広の木製束材でフィーレンディールトラス状に結びました。屋根の構造は、この建築の生命線ですね。設計を変更したらコンセプトが死にます。腰にギプスをつけて、木造建築の本場のドイツ、スイスを駈け回りました。

スイスで、木造の構造設計士と出会いましてね。この人が、とてもすぐれた人でした。図面を見せたら、5億円でできると太鼓判を押してくれた。それで、あの屋根がつくれたのです。ラッキーでした。完成まで2年も余計にかかって、大変な赤字を背負っちゃいましたけど(笑)。まぁ、もしも僕に才能があるとしたら、それは絶対に諦めないことかな。腰痛はもう嘘のように消えました」