自分を無にして対象に入り込み、物事の本質を鋭敏に感じ取る能力。これが日本のものづくり力の根底にある、と前川は考える。それはもともと、日本人に備わっていた力なのだという。「キーワードは万葉集で言い表されている『もののあわれ』です。日本には感覚知を重視する文化が古くからあります。今でも連綿と受け継がれていて、例えば、俳句や短歌も含めた詩の雑誌が日本には年間1000種類以上も発刊されていますが、フランスでは数誌に留まるそうです」。

そうした個々人の感覚知がいくら鋭くても、それらを互いに交換し、すり合わせなければ、レベルの高い集合知にはならない。そのためには人々が共同体を形成し、腹を割って話す必要がある。前川によると、日本人はこの共同体をつくる力にも長けている。「縄文時代の石器や土器を見ると、非常に精密なことに驚かされます。個人の技ではなく、共同体の技でしょう。その頃から日本では共同体がしっかり根付いていたのです。大陸のように、大規模な戦乱がなく、平和が長く続いたことが大きいのでは。われわれは大陸国家に生まれなかった幸せをよほど噛み締める必要があります」。

その日本型共同体の最たるものが「寄り合い」だ。長い時間をかけて話し合いが行われ、最後、皆が納得する結論が出たところで終わる。「そこでも大切なのはまずは自分を捨てて相手の意見に耳を傾けること。結果、みんなが合意に達し、欧米でよくやる、相手を打ち負かすための議論では望めない質の高い成果が得られます。うちでも、寄り合いそのものといえる三日三晩の合宿をよくやります」。

前川の話を聞いていると、痛感する。われわれは経営を科学だと思い、論理分析的な思考を重視しがちだが、実はそうではない、と。その背後には、何千年、何万年にもわたる、宗教を含めた文化・文明の堆積があり、われわれはそこから、いい意味でも悪い意味でも逃れられない。前川は笑みを浮かべながら、こう言う。

「20世紀は物の生産性が重要でしたが、21世紀は知恵の生産性の勝負になります。そうなると、個々人が感覚知に長け、その感覚知の交流を促進する寄り合いシステムが今も根づく日本の製造業の独壇場となります。特にハイテクは日本からしか生まれてこないでしょう。21世紀は再び、日本の時代になりますよ」

(文中敬称略)

(若杉憲司=写真)
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