写経をしながら浮かんできたネタ

芸人 笑い飯 哲夫さん

子供の頃、月命日になると家にお坊さんが来て、仏壇の前で般若心経を唱えてはりました。僕は子供やったんで、意味はわからんかったんですが、時々かっこいい響きがあったんです。サンスクリット語の音の響きって、いいですよね。

でも、これをかっこいいと思っているのはたぶん自分だけやろうし、それがバレたら恥ずかしかったので、親や友達に言わず、密かにいいなと思っていました。

実は、親に「この子えらい墓参りに行きたがるな」と不審がられるくらい、墓参りが好きやったんです。なんかね、墓参りに行くと心地いいんです。お墓に手を合わせるとき、「片思いの女の子と付き合わしてくれへん?」なんて頭の中で邪道なことを考えたりしていましたけど。

大学は哲学科に進学しました。最大の理由は、名前に哲学の「哲」が入っているから。でも、西洋哲学が主体で、「なんかいまいちやな」と思って、自分で勝手に般若心経や仏教のことを調べるようになりました。写経もこの頃から始めたんですけど、本格的なものではありません。

お笑いの道に入るようになって、ネタを考えるときに「手を動かしていたほうが、ネタが思い浮かぶかも?」と思って、ノートに般若心経を書いたりしました。ずっと誰にも知られんとやっていたのに、28歳のときに、相方や芸人仲間にバレてしまったんです。「おまえ、何してんねん! 気持ち悪いわ」といじられ、挙げ句の果てに「般若心経の本を書かないか?」という依頼まできてしまいました。

でも、般若心経という堅いお題が与えられて、そこにボケを乗せられるとしたら、面白いんやないかと思いました。コントや漫才でも、堅い設定のほうがボケを入れやすいんです。だから『えてこでもわかる 笑い飯哲夫訳 般若心経』は自分なりの般若心経の解釈本ですが、ネタを作っているような感じでした。