※本稿は、榎本博明『被害者意識が強すぎる人たち』(祥伝社)の一部を再編集したものです。
私たちは非常に感情的な生き物である
こちらは善意のつもりで言ったのに、何を勘違いしたのか、激昂して文句を言ってくる人がいたり、どうしても受け入れがたい要求をしてくるため、それは規則上無理だと説明してもわかってもらえず、怒鳴り出す人がいたりする。
店のレジの前や駅の改札口、病院の受付、銀行の窓口などで、感情的になって文句をまくし立てている人を見かけることがあるだろう。そのようなときは、こちらの意図をいくら説明しても、なかなかわかってもらえない。向こうの頭は感情的なモードになっているため、こちらが示す理屈が頭に入っていかないのだ。
感情論理という言葉があるように、感情と理屈は密接に絡み合っており、感情にそぐわない理屈は説得力をもたない。私たちは、理屈のみで生きているわけではなく、むしろ非常に感情的な生き物と言ってよい。
まず理詰めにしないで気持ちをほぐす
たとえば、相手に対して反感をもっていると、相手の提案に対して、その欠点を突くような論点を必死になって探そうとしたりする。好意をもっている人の提案に対して、反対意見が出ると、何とか応援したくなり、その提案を支持するための論点を探すべく頭をひねる。そのように、感情がまず先にあって、それに沿って理屈が選ばれるといった側面がある。
ゆえに、見当違いの被害者意識をもつ人の誤解を解くために大切なのは、理詰めで説得するのでなく、まずは気持ちをほぐしてあげることである。
いくら理詰めで説明してもわかってもらえず、「だから、さっきから言ってるように……」「何度も申しておりますように……」といった感じで理詰めで押し切ろうとしても、なかなかわかってもらえない。そこで、「だからさっきから言ってるじゃないですか!」「規則なんだからどうしようもないんです!」などと感情的になる人もいる。だが、それは最悪の対応であり、逆効果である。

