喧嘩の日々でも「乗りかかった船」
最初から二人でうまくいったわけではない。むしろ、毎日が喧嘩だった。11時から23時まで働き、店が休みの日にも仕込みや買い出しがある。ミスをすればいつも怒鳴られた。昼食や夕食も食べる暇がなく、営業終わりに深夜営業のファミレスでその日唯一の食事をする生活を続けていると、3カ月で8キロ痩せた。
「本当にずっと喧嘩していました。毎日泣きながらやっていました。会社員時代にはこんな乱暴な言葉を使う人って周りにいなかったんです。もう怖くてしょうがなかった」
それでも絵奈さんは正博さんを見捨てなかった。
「乗りかかった船だったんですよ。降りられるものなら降りたかった。でも、降りられなかった。私がいなくなったら、この人は終わってしまうと思ったんです」
常連客も、そんな2人を見ていた。
「お客さんから『頑張って』って声をかけてもらったり、拳を握って帰ってくれたり。常連さんの温かさに涙が出てきました」
一方、正博さんは自身の荒んだ生活に危機感を募らせていた。溺れていた酒は、元を正せば孤独や寂しさを紛らわせるためのものに過ぎなかった。
だが、その酒のせいで周りを傷つけるような飲み方を続けていれば、せっかく支えてくれている絵奈さんまで自分を見捨てて離れていってしまう。そう直感した正博さんは、大好きだった酒を完全にやめる決心をした。
酒を一切やめ、店舗も増やさず、一つの店に集中するようになった。この決断が、2人にとって大きな転換点になっていく。
たった10人の客から始まった朝ラーメン
関係の修復で調子を取り戻しつつあった正博さんに、もう一つの大きな転機が訪れる。新型コロナウイルスの感染拡大だった。
緊急事態宣言で夜の営業が制限され、売り上げは大きく落ち込んだ。そこで2人は考えた。
「明日から朝営業やってみるか」
本当に、そのくらいの勢いだった。だが、現実はそう甘くはなく、朝7時から11時までの4時間で来た客は、わずか10人。
「店の前を通る人に『朝から濃厚な家系なんて』と大笑いされました。それが悔しくて」
だが、正博さんには「それでもお客さんはきっと増える」という確信があった。小学校6年生の頃から好きだった「ラーメンショップ」が、朝から営業していたからだ。
「『ラーメンショップ』って朝からやっているところが多いんですよ。だから、ラーメンが好きな人なら、朝でもラーメンを食べたいはずだと思ったんです」
朝だからといって、スープを薄くすることもしなかった。
「最初はちょっとライトにしていたんですけど、やっぱり今は濃いめ、濃いめの時代じゃないですか。だから、お昼と同じ濃さの家系ラーメンを提供しています」
朝からしっかり濃い家系ラーメン。それが「たま家」の朝ラーメンだった。

