支店経営の失敗と見栄で借金4000万円

3年目には、贅沢をしなければ安定した生活ができるくらいに売り上げも伸びた。だが、ここでかつて見た「何百枚もの千円札を数える光景」が正博さんを間違った方向に向かわせてしまう。

もっと売り上げを伸ばそうと、支店展開に乗り出したのだ。八王子市内に続々と3店舗をオープンさせ、社員も雇った。

同時に、正博さんの「調子に乗った」象徴が車だった。修業時代に師匠のベンツに乗せてもらった憧れから、開業1年未満でBMWをローンで購入。その後も次々と買っては乗り換え、これまでに乗った車は28台にのぼる。

「まったく儲かっていたわけじゃない。でも見栄です。ラーメン屋はきついと言われるから、そういうところだけでも張り合いたかった。本牧家で1000円札を数えていたときの残像、つまり『ラーメンドリーム』に縛られて無理をしてしまったんです」

支店の売り上げ自体は悪くなかった。だが、いくら売り上げが良くても、店を運営する人間がいなくなれば、営業は続けられない。

売り上げの拡大を焦るあまり、正博さんは仲間であるはずの従業員へ高圧的にあたるようになっていく。さらに、実務を現場に丸投げしたまま自身は支店に顔すら出さない。そんな歪んだ体制が長く持つはずもなかった。

「気がついたら、社員が全員いなくなっていた。原因は完全にワンマンでした。自分の店で働く従業員の気持ちになることができなかった。今は本当に猛省しています」

最終的に3店舗をすべて閉店。残ったのは4000万円の借金だった。

正博さんの救世主となる妻・絵奈さんとの出会い

すべての支店を閉め、1店舗に戻った。母親の死も重なった。

社員もいない。残ったのは借金だけ。ビールをチェイサーに焼酎1本を空ける生活。酒におぼれ、精神的にもかなり荒れていた。

そんな時期に出会ったのが、後に妻となる絵奈さんだった。2人はもともと、地域の飲み仲間だった。

絵奈さんは多摩生まれ。飲食店の経験はおろか、家系ラーメンについてもほとんど知らなかった。たま家には数回客として訪れたことがある程度だった。

「完全に病んじゃっている状態だったんですよ。でも、どんなに夜中までお酒を飲んでいても、朝になると店に行くんです。朝早く出て、仕込みを始めている。この人は、何があってもルーティンを変えないんですよ」

その姿を見ているうちに、絵奈さんはこう思った。

「私がいなくなったら、この人はもっと自分を追い詰めて、体を壊すんじゃないかなと思ったんです」

交際を始めて間もない2019年頃、絵奈さんは勤めていた会社を辞め、たま家を手伝うことを決めた。