患者を自分の家族に置き換えて考える

2007年7月、吉川はブリガム・アンド・ウィメンズ病院心臓外科に移り、MICS――低侵襲心臓手術を経験した。低侵襲とは身体への刺激が少ないという意味だ。外科手術では切開など、身体を傷つけることが少ないことを指す。

心臓手術では通常、胸の中央を切開、胸骨を割って心臓を見える状態にする。低侵襲手術からほど遠い分野とも言える。MICSでは、5~8センチ程度の小さな切開から肋骨の間を通して心臓を手術する。この時点で日本でMICSはほとんど行われていなかった。

鳥取大学医学部附属病院 心臓血管外科 教授 吉川泰司さん(写真中央)
写真=馬場磨貴
鳥取大学医学部附属病院 心臓血管外科 教授 吉川泰司さん(写真中央)

吉川が日本に戻ったのは2008年のことだ。大阪大学医学部附属病院では澤芳樹教授のもと心臓移植やMICS手術を数多く行なっていた。その後、縁あって2020年に鳥取大学医学部に赴任した。

吉川と鳥取大学をつないだのは、ロボット支援手術である。とりだい病院では2011年に低侵襲外科センターを設立、複数の診療科でロボット支援手術を行なっていた。

心臓外科はロボット支援手術の導入が最後まで進まなかった診療科だった。心臓を一時的に止める必要があること、繊細な縫合操作を狭い視野で行う特性があることが、その主な理由だ。ロボット支援手術はMICSよりも患者の身体を傷つけない。大阪大学医学部附属病院ではMICS手術の延長として保険適用前からロボット支援手術を行なっていたのだ。

2022年10月、吉川はとりだい病院で日本初のロボット支援下大動脈弁置換術を成功させた。大動脈弁は解剖学的に視野の確保が極めて難しい部位に位置し、石灰化した弁を取り除いたうえで人工弁を正確に縫い付けなければならない。難易度の高い手術で、世界でも数カ所の医療機関しか成功していなかった。

そして翌2023年、鳥取大学医学部心臓血管外科学教授に就任した。吉川はこの地で自分が果たすべき使命は後進の育成すなわち――自立して手術を遂行できる心臓外科医を育てることだと言う。そのため、自分の目の届く範囲で経験を積ませている。

「私が外来で最低30分、患者さんに手術のメリット、デメリットを説明します。その上で手術を行う。若手の技術を確かめた上で、手術の安全を担保しながら、どんどん若い先生に手術をしてもらっています」

なにより強調するのは、患者を自分の家族に置き換えて考えること。家族だったら何をしてほしいのか、ということだ。

医師、看護師、事務員までみんなで前を向く

今、若手の医師たちの成長を吉川ははっきりと感じている。

「鳥取に限らず地方は人口が減り、医師が足りなくなるのは間違いない。とりだい病院のいいところは、この地をなんとか良くしようと医師、看護師、事務員までみんなが前を向いていること」

働き方改革もあり、かつての自分のような勤務は若手に強要はできないし、すべきではない。その中で患者にいかにいい医療を提供できるか。自ら考え、工夫、自己研鑽することで補えると吉川は信じている。それはまさに彼がたどってきた道でもある。

吉川泰司(よしかわ・やすし)
大阪府出身。1996年大阪大学医学部医学科を卒業後、大阪大学医学部附属病院、大阪警察病院、国立循環器病研究センターで心臓血管外科医として研鑽を積む。2001年からアメリカ4都市の大学で7年間にわたりクリニカルフェローとして臨床留学。帰国後は桜橋渡辺病院、大阪大学医学部附属病院を経て、2020年鳥取大学医学部に赴任。2023年11月心臓血管外科学の第6代教授に就任した。

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