コロナ禍で販売本数が一気に伸びた

こうしたヒットを受けて、20年には社内にパストリーゼ事業部を新設。初めて専業の営業部員を配置し、一般家庭向けにドラッグストアなどにも販路を拡大しようと取り組み始める。その矢先に、コロナ禍が訪れた。

感染症対策として除菌剤の需要が一気に高まり、主要顧客である製菓業界だけでなく医療機関や役場、個人客からもパストリーゼの注文が殺到。まだ販路が限られていたことから、社内の電話は鳴りっぱなし、机には発注書が常時山積みという事態に陥った。

「神戸三田の製造工場を24時間操業に変更して、他工場の社員はもちろん本社の営業部員も呼んで3交替勤務で増産を図りました。原料はあるのでつくることはできる、だから精一杯やって少しでも皆さんの役に立ちたいと」(渡邉さん)

それでも、社員総出で当たっても追いつかない状況が続いた。また、中身はあっても小型容器が足りず、一斗缶でしか供給できない時期もあった。家庭用には明らかに大きすぎるが、それでもいいからと注文する個人客も後を絶たなかったという。

05年から右肩上がりを続けてきたパストリーゼは、この年、爆発的な伸びを見せる。20年の販売本数は前年比の約2倍、販売量(リットル)は約3倍となった。

加えて、個人客からは供給に感謝する手紙がたくさん届き、役所からは感謝状も贈られた。渡邉さんは「それが何よりうれしかった」という。

販路を拡大し販売本数を押し上げた

23年、コロナ禍が収束すると需要もいったん落ち着いたが、それでも販売本数、販売量ともにコロナ禍前の19年を大きく上回った。その後も、コロナ禍前を上回る販売本数・販売量を維持している。コロナ禍で一気に知名度が上がったとともに、パストリーゼ事業部の営業活動によってドラッグストアなどにも販路が広がったことが背景にはある。

「製菓業界とスーパーやドラッグストアでは販路がまったく違うので、事業部をつくってその開拓に注力したのが功を奏したのだと思います。販路ができた後も、SNSを開設して販促活動に取り組みました」(田島さん)

「ドーバー パストリーゼ77 500ml〈スプレーヘッド付き〉」
撮影=プレジデントオンライン編集部
「ドーバー パストリーゼ77 500ml〈スプレーヘッド付き〉」

その後、家庭向け500mLボトルの認知度はさらに拡大し、チェーンストアでの売上が伸び続けた。これが全体の販売本数を押し上げ、コロナ禍のそれを超える数字を叩き出した。この数字は、翌25年にはさらに伸びている。

この動きを受けて、同社は26年5月に長野県佐久市に新たなパストリーゼ専用工場(ドーバーパストリーゼ軽井沢工場)を竣工した。同工場の生産能力は、既存の神戸三田工場の5倍にのぼるという。