セスナ機から撮ったスクープ写真

角栄が倒れて数カ月が過ぎたころ。山本氏は「上空から国会議事堂を撮影する」という雑誌の企画でセスナ機に乗り、空撮の仕事に挑んだ。

そのとき、山本氏とは懇意にしていたパイロットがこんなことを言った。

「目白はすぐそこだ。寄り道していくかい?」

セスナで移動すれば、永田町から目白はわずか3分だ。通い慣れた「目白御殿」を上空から眺めたところ、偶然にも小さな車イスが母屋の前で動いているのが確認できた。山本氏が反射的にシャッターを切ると、現像したフィルムには角栄の姿がはっきりととらえられていた。

当時、角栄の病状を探ろうとする報道合戦が繰り広げられており、角栄の近影ともなれば大スクープである。

「セスナのパイロットから話を聞きつけた大手出版社の写真週刊誌から、“車イスの角栄”の写真を300万円で買いたいと持ち掛けられました。フリーのカメラマンにとっては大きな金額で、心が揺らぎそうになりましたが、その話には断りを入れました」

脳梗塞で倒れた後の様子が不明だった田中角栄の姿を捉えたスクープ写真(1985年撮影)
撮影=山本皓一
脳梗塞で倒れた後の様子が不明だった田中角栄の姿を捉えたスクープ写真(1985年撮影)。写真週刊誌からの300万円の買取オファーは蹴った。

人生にはお金や名誉より大事なことがある

このとき、山本氏が上空からの撮影に成功したらしいという噂は瞬く間に業界に伝わった。1986(昭和61)年、毎日新聞がやはり上空から狙った「車イスの角栄」写真の撮影に成功。この写真は新聞協会賞を受賞している。

角栄の死後、初めて「上空からの写真」を公開した山本氏が語る。

「人生にはお金や名声よりも大事なことがある。田中角栄が多くの人に慕われ、いまなお日本人に愛されているのは、カネを配ったからではなく、人間愛に満ちた人だったからです。これから田中角栄を論じる人には、さまざまな視点から角さんという人間を見てもらいたい。僕の写真がその手助けになれば幸いです」

結果的に、ロッキード事件以降の角栄をきちんと撮影し記録に残したのは山本氏だけだった。「人間・田中角栄」の実像を伝える2万点のフィルムは、光り輝く価値をいまも保ち続けている。