「いまは丁稚奉公の身分です」
新聞記者出身の早坂は、取材者の心情を熟知している人物だった。あるとき山本氏が目白の私邸で言われた通り雑用をこなしていたとき、いぶかしげな表情を浮かべた角栄が、早坂に小声で問いかけた。
「オイ、最近よくいるあいつは誰だ」
早坂がこともなげに答えた。
「ああ、彼は一介のカメラマンです。オヤジの写真がどうしても撮りたくて来ているんです。ただし、いまは丁稚奉公の身分です」
「カメラマンだと?」
角栄が初めて山本氏を認識した瞬間だった。
カメラマンの「野心」を嫌悪
その後も目白に通い続けた山本氏に、あるとき待望の一声がかかった。
「オオイ、写真屋!」
角栄が山本氏を手招きした。その日は、地元の新潟からたくさんの支援者たちが集まっていた。
「ちょっと撮ってくれ」
ついに撮影できる――山本氏が喜び勇んだ次の瞬間、角栄はダミ声でまくし立てた。
「おまえのカメラで撮るんじゃない! さあ皆さん、お手持ちのカメラを彼に渡してください。記念写真を撮りましょう」
山本氏が回想する。
「支持者たちが持ってきた小型カメラを向けると、角さんは満面の笑みで撮影に応じるのです。僕はそのとき、田中角栄という人は決して写真嫌いなのではなく、カメラマンの野心を嫌悪しているということを理解したのです」
「それ以降、僕は“撮りたい”という気持ちを封印し、空気になろうと思いました。角さんに一切の警戒心を持たれない空気のような存在になったとき、初めて田中角栄の写真が撮れるようになる。そう悟ったのです」

