トーマス野口という日本人をご存知だろうか。
1967年から1982年まで15年間にわたりアメリカ最大規模の検視局で局長を務めたトーマス野口は、恐らく世界で最も尊敬される日本人の1人だと言える。
野口は華やかなエンターテイメントの中心地であるハリウッドを抱えるロサンゼルス地区の検視局長として、変死した数々の世界的著名人の死因を突き止めてきた。検視局とは、ロサンゼルス地区全体の死者の死因究明から死亡届までを扱う「死を司る役所」だ。
野口は法医学者(メディカル・イグザミナー=監察医)でありながら、事件現場に赴き死因の特定を行う「ドクター検視官」と呼ばれた。日本でも人気の米科学捜査ドラマ『CSI』はもともと、野口がモデルになった米ドラマ『ドクター刑事クインシー』に影響を受けて製作されたものだ。
野口が過去に検視解剖で死因を突き止めたケースは枚挙に暇がない。例えば死後50年以上が経った今もアメリカのセックスシンボルとして世界中で取り上げられているマリリン・モンロー。野口はモンローの亡骸を丁寧に解剖し、薬物中毒による自殺であると死因を特定した。暗殺から50周年を迎えてその偉業が昨年再び注目されたジョン・F・ケネディの弟で、キャロライン・ケネディ駐日米大使の叔父であるロバート・ケネディ元司法長官の暗殺事件もまた、野口が解剖を担当して事件の真相を暴いた。
そのほかでは、映画『ブルース・ブラザーズ』で知られた伝説的なコメディアンのジョン・ベルーシ、伝説の女性シンガーであるジャニス・ジョプリン、映画『戦場に架ける橋』で米海軍中佐を好演した俳優ウィリアム・ホールデン、映画監督ロマン・ポランスキーの妻で有名女優だったシャロン・テートなどがいる。
また野口は検死解剖の実績を周囲にアピールする能力にも長けていた。最終的には全米監察医協会の会長にまで上り詰めただけでなく、全盛期の彼の履歴書には9ページに及ぶ様々な「肩書き」がリストアップされていたほどだ。そして87歳になった現在も、世界医事法学会会長、米医事法学会の理事会員、全米監察医協会国際関係委員会委員長、米科学捜査アカデミー国際関係委員などを務めている。
野口の壮絶な人生の軌跡や、彼が扱った各ケースの詳細については拙著『ハリウッド検視ファイル:トーマス野口の遺言』(新潮社刊)に譲る。
拙著の執筆に当たり、私は関係者をはじめ、野口本人からも長時間にわたり様々な角度から話を聞く機会を得た。野口が語る哲学を紐解けば、彼が法医学の分野で世界の頂点を極めることができたわけが見えてくる。そしてその中には、現在第一線で働くビジネスパーソンにとっても参考になるものが少なくない。今回はそのいくつかを紹介したい。