食経験の積み重ねはなぜ重要か
人文心理学の分野で知られているマズローの欲求理論に基づいて、ヒトの摂食欲求(食欲)の発達段階を表現したものが図表4です。各階層で摂食行動の欲求が満たされれば満足感や幸福感が得られます。
底辺層は、先天的な食嗜好性です。甘味やうま味を好み、苦味、酸味を嫌うことは、先天的に備わる神経回路により決まっています。最下層より上の層は、食行動の経験によって現れる階層になります。
複雑に認知制御される食欲の階層
下から2段目「安全と安全欲求」では、安全で安心できる食物を求めます。例の食物新奇性恐怖は、経験のない食物に抵抗を感じて積極的に食べない現象です。食わず嫌いや偏食の一因も食物新奇性恐怖である可能性があります。定番の食物を好むことは子どもに顕著です。
一方、嫌悪学習は、何かを食べてあたると、その食物は安全でないと学習して、それを敬遠する現象です。子どもの頃の食物の嫌悪学習はかなり永続的であり、大人になっても影響が残るように思われます。食物新奇性恐怖と嫌悪学習は動物にも観察されます。
下から3段目の「愛情と所属欲求」では、観察学習や同調による皆と同じものを食べたい欲求です。マスメディアで人気があると紹介された食物や、行列のできる食物を食べたくなることがその例です。
この上層の「尊敬と承認欲求」は、皆が食べられないものを食べたくなる現象です。予約の取りにくいレストランで食事をする、即完売することで有名な食物を食べて優越感を味わうこと、食べたものをSNSに投稿して「いいね!」をもらいたい欲求もこの層です。
最上位層は、自分が食べたいものを食べれば満足という境地です。
以上までで、食欲の発達段階と説明しましたが、食経験の積み重ねに伴い上層の新たな欲求段階に到達するものの、下位の欲求が失われるわけではありません。到達した階層までの全ての欲求を混合して、あるいは併用して、摂食行動は複雑に認知制御されています。

