上流を襲う「逆流水害」が起きる理由
黄万里の予言のなかで、専門家の関心を最も呼んだのが「上流で深刻な洪水が発生する」だったという。
ダムが決壊すれば下流が水浸しになるのは当然である。ただし、黄が指摘したのは、ダムを造っただけで上流が水害に見舞われるという点である。
その理由は堆砂の規模にある。
三峡ダム上流には脆い地質の峡谷が連なり、崖崩れや地滑りによって大量の土砂が長江に流れ込む。その結果、全長660キロメートルに及ぶダム湖に土砂が累積し続け、河床が上昇していく。
とりわけ深刻なのが、ダム湖の先端に位置する重慶市だ。人口3000万人を抱えるこの巨大工業都市では、河床上昇によって水位が上がり、水害が頻発するようになった。世界のどのダムを見渡しても、下流にこれほど巨大な都市を抱える例はない。
黄の予言は的中した。
最大の経済都市・上海に危機が迫る
巨大ダム建設に伴う被害は、生態系にも及ぶ。回遊ルートを遮断され、水温・水流・水質が激変した長江の漁業は壊滅的な打撃を受けた。
1954年に年間約43万トンあった漁獲量は近年10万トン未満に激減し、2021年には全面禁漁が決定されて、約30万人の漁師が生計の基盤を失った。長江固有のカワイルカ「バイジ」は事実上の絶滅が宣言され(機能的絶滅)、チョウザメ類も壊滅状態にある。
※『中国新聞週刊』
さらに深刻なのは、経済の心臓部への影響だ。堆積物が下流に届かなくなったことで、長江デルタの地盤を支えてきた土砂の供給が途絶え、中国最大の経済都市・上海の海岸線までもが侵食の危機にさらされている。
「国家の誇り」として建てられた構造物が、皮肉にも中国経済の中枢を静かに削り取っている。
また、移住者問題も未解決のままだ。建設によって127万人以上が強制移住を強いられ、移住先で約束された農地が地元住民に占有されるなどして、多くの「三峡移民」がいまなお展望のない異郷に放置されている。

