簡単に崩壊した「百年の大計」

三峡ダムには「百年に一度の大洪水をも防ぐ」という太鼓判が押されていた。ところが現実は逆で、水害はむしろ増加した。

2020年夏、長江流域は記録的な豪雨に見舞われた。上流から流入する洪水のピーク流量は運用開始以来最大となり、8月20日には毎秒約7万5000立方メートルという史上最高の流入量を記録した。当局は史上最大規模の放流を繰り返す綱渡りの操作で対応したが、この放流が下流に新たな水害を引き起こしたという批判が中国国内からも噴出した。

※Newsweek「中国・三峡ダムに過去最大の水量流入、いまダムはどうなっている?」(2020年8月24日)

鄭州、黄河三峡
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構造上、三峡ダムが制御できるのは上流域からの流量だけであり、漢江など下流の大支流から流れ込む水量にはなす術がない。

ところが2022年には一転して、長江流域が記録的な渇水に見舞われる。四川省では水力発電量が激減し、テスラやトヨタといった主要自動車メーカーの工場が操業を止め、半導体サプライチェーンにも影響が波及した。洪水と渇水という両極端が交互に襲うようになったこと自体が、設計思想の前提が崩れたことを意味する。

「百年の大計」だったはずの巨大ダムは、わずか数年の変化にすら対応できなくなったのである。

「対症療法」に1.7兆円を投入

2026年6月8日、湖北省宜昌市で、三峡ダムの新たな水運ルート建設プロジェクトの起工式が行われた。総投資額は約1兆7758億円。三峡閘門の北側に約6680メートルの新たな閘門を設けるという壮大な計画である。

※JETRO「三峡ダムの新たな水運ルートプロジェクトが着工」(2026年6月15日)

なぜ、これほどの巨費が投じられるのか。三峡ダムの通航能力が、当初想定を大幅に超える貨物量にとうに追いつかなくなり、慢性的な渋滞が発生しているからだ。つまり、ひとつの巨大インフラが生んだ問題を、また別の巨大インフラで糊塗する「自転車操業」に陥っているのだ。

中国政府は「誤りを認められない体制のまま、対症療法を無限に繰り返す」という構造上の「先送り体質」を抱えている。

南水北調という究極の対症療法が三峡ダムを産み落とし、その三峡ダムがまた新たな巨大工事を呼ぶ。この連鎖こそ、刊行直後に着工された新プロジェクトが、期せずして証明してみせた中国の病理である。

批判的な声は遮断され、成功物語だけが語られ、問題は先送りされ続けている。