無自覚に崩壊させた男系継承の根拠
それに関連して、維新の会の藤田文武共同代表から注目される発言があった。それは、なぜ15歳以上という年齢制限を設けることに“反対するか”である。
その理由として二つ挙げられたが、一つはその年齢の候補者が誹謗中傷にさらされるというものだった。
もう一つは、皇室に入る年齢が早ければ早いほど、皇室になじみやすいというものだった。「小さいときに養子に行けば環境に順応しやすく、皇室内での教育も受けられる」というわけだ。(朝日新聞2026年6月30日付)
「早ければ早いほど」という考え方は、「氏より育ち」という江戸時代からあることわざを連想させるものである。その意味としては、生まれた家の家柄や血筋よりも、育った環境のほうが、その人物の人格や行動の仕方を規定するということである。
となると、自民党や維新の会は、これまで男系による継承を中心においてきたが、そうした血筋には本当は意味がなく、むしろ、「皇室に育つ」という環境のほうがはるかに重要になってしまう。
これだと、男系男子での継承を絶対的なものとする主張の根底が崩れる。はからずも藤田共同代表は、自分たちの主張の根拠を突き崩してしまったのだ。
根拠が極めて薄弱な皇室典範改正案
育ちが重要であるならば、天皇に最もふさわしいのは、天皇家に育った人間になる。今、それに該当するのは、愛子内親王だけである。
しかも、愛子内親王は天皇の血筋も引いている。となれば、次の天皇には愛子内親王が最もふさわしい。そうしたことになってくる。
さらに言えば、早く養子に入り、皇室で育つならば、血筋はまったく意味がないことになる。
一般の養子の場合、血がつながっているかどうかは問われない。しかも、旧宮家からの養子は、血筋では室町時代にまで遡らなければならない“赤の他人”である。それ以外の一般国民が皇室に養子に入ったとしても、若ければ十分その環境に慣れていくわけで、旧宮家の人間である必然性はない。
この藤田共同代表の主張は、彼と会談した麻生氏によって潰されてしまったが、それを押し通したとすれば、皇室典範改正案の根底が崩れることになったであろう。
要は、男系男子での継承にこだわることの根拠は極めて薄弱なのである。藤田共同代表の見解は、そのことを改めて露呈させたのだ。

