ネガティブなことばに力を見出した
“醜”だけではない。
“倉臣小屎”(『日本書紀』孝徳天皇白雉元年二月十五日条)、“藤原小屎”(『本朝皇胤紹運録』)など、汚いはずの“屎”を名につけた例もある。
古代人は、肥やしともなるクソに再生のパワーを感じていたのだろう。
同じように、血や死にまつわるものは、次なる生の根源だったり、生ける者を力づけるパワフルなものとしてとらえられていたのではないか。
これが時代が下ってくるにつれ、ことば通りのネガティブな意味、つまらぬものという意味合いが強くなってくると、神に魅入られぬよう、あえて良くない名前を子どもにつけるといったことも行われたのだろう。
大事な子がよく育つよう、神に魅入られて天に召されぬよう、「捨松」などといった名をつけるのがその例だ。捨てるというネガティブの振り幅の強いことばは、クソや血のようなパワーを持っていることも確かである。
「悲劇を二度と起こすまい」という決意
現代人から見ると不吉に見えても、古代人を主とした昔の人は、ネガティブの度合いが強ければ強いほど、それだけパワーのある存在として認めていた。場合によっては、そのパワーを自分に取り込もうとさえしていた。
もちろん鎮魂の意味で地名に残した場合もあるのだろう。また、その悲劇を「忘れまい」「二度と起こすまい」という強い決意も込められていよう(笛吹峠の由来が継子殺しであるとすれば、そうした意図があったように思う)
不吉な地名が残された背景には、そうした昔の人の心情や俗信的なものが潜んでいるのかもしれない。


