織田は4万の大軍、久秀は援軍を求めた

信貴山城の曲輪は山頂から北東側に集中している。

まずは堀切。天守閣の真北にある「切通し」と書かれているあたりに特に密集している。

連続する堀切により尾根が波打っている
撮影=今泉慎一(風来堂)
連続する堀切により尾根が波打っている
同じ堀切を堀底より
撮影=今泉慎一(風来堂)
同じ堀切を堀底より見る

丁寧に削平されている曲輪

そして切岸。雌嶽でも見られるように、自然地形を活かしたものもあれば、明らかに人工的に削ったことがわかるものもある。

段曲輪間の急崖は明らかに人工。まるで壁のよう
撮影=今泉慎一(風来堂)
段曲輪間の急崖は明らかに人工。まるで壁のよう

曲輪内は丁寧に削平されており、兵の駐屯に最適。「松永屋敷」あたりには建物の礎石のような成形された巨石も見られる。

「松永屋敷」は江戸時代作の「信貴山古城図」の記載による
撮影=今泉慎一(風来堂)
江戸時代作の「信貴山古城図」に記載されている「松永屋敷」あたり