「殺さなくちゃいけないので、殺します」
いま西村は、東條は陸軍刑法の存在を知っていたのか、と問うて、はるかに権威のあるそれについて、こう指摘する。
「陸軍刑法には、占領地の住民に対する殺人、強姦などについての罰則も、きちんと明記されている。もし、兵士や軍属の中に、殺人や占領地の女性に対する強姦などの行為があった時にはすぐ、裁判にかけ、陸軍刑法によって裁いていたら、南京事件は、起きなかったかもしれない。残念である」
西村にとって、死は特別なものではなかった。
少年時代から日常にあったのである。そんな西村がミステリー作家となって、否応なく殺人を書かなければならなくなった。
私の郷里の山形県にまつわる『羽越本線北の追跡者』という作品に触れて、クラゲで知られる加茂水族館の館長が、まだ元気なのに殺されましたねと言ったら、西村は、
「必ず言われますね、殺さないでほしいって。名前は出してほしいけど、ここで殺人は困りますって。ホテルでも列車でも、この中で人を殺さないでくれって言うんだけどね。こっちは、殺人事件を書くんだもの、殺さなくちゃいけないので、殺します」
と笑った。
書きたいものを書いてきたわけではない
『寝台特急殺人事件』に始まるトラベルミステリーで、西村をベストセラー作家にしたのは十津川警部と亀井刑事の名コンビが活躍するシリーズである。
私が強く記憶に残っているのは渡瀬恒彦と伊東四朗のコンビだが、そう言うと西村は、
「渡瀬さんが一番いいという人は多いですよ。ただ、もてないように書いたつもりなんですけど、捕まった女性の犯人がだいたい惚れちゃう筋書きになるんです。ああいうところが嫌なんですよね。捕まったらパッと切ってほしいわけ。だけど、テレビ局にできないと言われたんです。見ている人がだいたい奥さんで、仕事しながら見ているから、最後にストーリーを通してあげなきゃいけないと。だから、捕まってからが延々と長いんです。その中で、犯人の女の人が『前からあなたを知っていたら、こんなことにならなかったのに』と、変な屁理屈言うんですね。それが嫌なんだよ」
と吐き棄てた。
「どうして刑事がもてるのかねえ。恨まれるほうがいいですよね」
と相槌を打つと、西村も、
「そうそう、恨まれるのが普通ですよねえ。だけど、ああいうふうにしないと、女性のファンがつかないとか」
と納得のいかない顔をした。
ベストセラーを連発しながら、書きたいものを書いてきたわけではないという思いが消せないからかもしれない。

