トップダウンで洋装化された日本

現代の私たちはすでに西洋の人々と同じような服を着ています。仕事ではスーツを着たり、パーティではドレスを着たり、洋服はすでに私たちの生活の一部です。洋服を着ていることが当たり前となったので、わざわざ「洋服」とも呼ぶことも少なくなりました。21世紀の現在では圧倒的に「服」や「ファッション」という言葉の方が多く使われています。

しかし、日本の人々がスーツやドレスを取り入れたのは、西洋で近代ファッションが成立した理由とは全く異なります。

これまでも見てきたように、日本における洋装化は、外圧に端を発し、西洋化と近代化を目指すものでした。西洋人に倣い、服装を真似、外見を変えることで、考え方をも刷新する。これらは日本にとって、国の命運に関わる極めて重要な課題でありました。それゆえ、洋装化は明治政府による国家的なプロジェクトであったのです。たかが服ではありません。服装は、国家と個人のアイデンティティに深く結びついているのです。

それゆえに、日本の人々にとって洋服は自発的に着るようになったものではありません。日本の公的な衣服が洋服と定められ、洋服を着ることが推奨され、仕事でスーツの着用が求められたために、自分も従ったのです。洋服の着用は、上からの命令であり、法令により制定されたものでした。日本の人々にとって、スーツを身につけるとは、社会的な規則に従順であることを指し示すことであったと言えます。

「この着方は正しいか」が関心事に

それに対して、西洋のスーツは西洋の社会において内在的に発展してきたものです。貴族の装いを改善した服装に由来しながらも、近代においては庶民の衣服であった長ズボンが加わり、自由と平等という近代社会の理念を象徴するものとして、階級を超えて取り入れられていきました。

書影
平芳裕子『何がダサいを決めるのか』(ポプラ新書)

西洋におけるスーツとは、社会的な革命と政治的な闘争を経て、大衆が勝ち取った服なのです。だからこそ、西洋近代の市民社会の象徴であり、強力なモデルとなって、今でも権威的な力をもつ衣服となっています。

ところが日本の場合には、西洋化を目指して、トップダウンでスーツの着用が推進されていきました。そこに人々の自由な意志が存在したかは疑問です。馴染みのないスーツを着るために、一般の人々はマニュアル本を通して、その知識と作法を身につける必要がありました。それゆえ、学んだ知識や作法と実際の行動が合っているかどうかに関心が集まりがちです。

そして、現代の私たちはこの歴史の行先に生まれて、存在しているわけです。そのため時代を経るに従って、違和感を覚えるようになった習慣、不便を感じるようになった服装が出てくるのは当然と言えます。

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