銀座では3人に2人の男性が洋服姿
また、大正14年に出版された『洋食の食べ方と洋服の着方』という本があります。法学士でありホテルの支配人を務めた横山正男によるマナー本ですが、そのタイトルから、いまだ西洋式の食事も服装も普及の途上であったことがわかります。洋食については、着席からナイフやフォークの使用法などについて細かな説明があります。洋服については、その種類と付属品、身につけ方の解説が記されています。
マニュアル本の存在は、そのような知識を必要としている人がいたということを現代の私たちに知らせてくれます。では実際に、どれほどの人が洋服を着用していたのでしょうか。同じ大正14年に、銀座における洋服の着用率を調べた記録が残っています。
これは、風俗学者の今和次郎が、洋服と着物の着用率を調べたものです。それによると、洋服を着用していたのは男性の67%、残りの33%の男性が着物を着用していました。東京の目抜き通りの調査ではありますが、大正末には少なくとも洋服を着ている男性が、着物を着用する男性の二倍程度であったことがわかります。
「波平世代」と「マスオ世代」
しかし外で洋服を着ている人も、当時は必ずしも一日中洋服を着ているわけではありませんでした。
国民的アニメと呼ばれる「サザエさん」の父親の波平さんを思い出してみましょう。波平さんは、スーツで仕事に出かけますが、家に帰ると着物でくつろいでいました。波平さんは幼いころから着物に親しみ、日常着として着物を着ていますが、仕事ではスーツを着用する世代として描かれています。
一方、波平さんの娘にあたるサザエさんの夫マスオさんは、若い頃から洋服に慣れ親しみ、仕事でも家庭でも洋服を着るようになった世代として描かれているのです。
洋服が普及するにつれ、着物と洋服の二重生活は、しばしば非経済的、非合理的なものとみなされて改善が求められるようになります。着物を改良しようとする運動は明治時代からありましたが、大正時代には、大衆社会の成熟とともに、生活改善同盟という文部省主催の団体が登場し、衣食住の全般において国民生活の合理化と近代化を目指す運動がさかんになりました。

