豊臣兄弟が命がけで籠城戦を…信長軍「最大のピンチ」の舞台となった山城は、500年後の今どうなっているのか?(今泉 慎一)

現在放送中のNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』。ゆかりの城として今回訪れたのは、福井県敦賀市の「金ヶ崎城」。小一郎たちが命懸けで籠城した山城は、今どうなっているのか?

信長軍「最大のピンチ」の舞台となった城の現在とは? 写真=今泉慎一

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信長軍が最大のピンチを迎えた山城

4月12日放送の『豊臣兄弟!』第14話のタイトルは「絶体絶命!」。1570(元亀元)年の朝倉攻めは、文字通り織田信長の生涯で最大のピンチだった。

信長軍は、朝倉家に蹂躙されていた若狭国を平定し、越前国に東進すると、金ヶ崎城、鶴ヶ城をまたたくまに制圧。序盤は怒涛の進軍だったが、突如として同盟関係にあった浅井長政が謀反。妹・お市を嫁がせていたにもかかわらずだ。

正面には朝倉軍、背後には浅井軍。しかも自身の領内ではなく敵地である。「朝倉をいっちょ揉んでやる」ぐらいのつもりだったのが、まさかの天国から地獄の展開に、信長は相当、肝を冷やしたに違いない。

のちに「金ヶ崎の退()き口」と称される撤退戦で、主君をなんとか逃すために盾となったのが、羽柴秀吉や明智光秀らだ。殿(しんがり)部隊として、とにかく時間を稼ぐしかない。そのために籠ったのが、敦賀平野の東に連なる金ヶ崎城、そして尾根続きの天筒山城だった。

地形図を見ればわかる通り、両城はちょうど、天筒山の尾根にノコギリの刃のように聳えている。その南北に延びる尾根は約1kmにも及ぶ。

この壁のような山城ははたして、どのような構造になっているのか。実態を探るべく、端から端まで歩いてみた。