※本稿は、マティアス・ネルケ『私を消耗しない賢明な態度』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。
「ポジティブだとうまくいく」は本当か
ある小さな企業の経営者のこんな話がある。
彼は、毎朝、「今日も最高の業績をあげるぞ」と、鏡に映る自分を叱咤激励した。
それでしばらくは、会社はうまく回っていた――「ポジティブ思考」を謳い文句にした製品を商品として。
やがて売上が落ちてくると、経営者は事務所にこもり、鏡の中の自分に向かって励ましのスローガンを叫んだ。
しかし、成果はなかった。
あったのはスローガンだけだった。
ポジティブ思考はそれほどうまくいかないのでは、と疑われている。
上昇させるよりも、むしろ状況を悪化させてしまうのではないか、と。
「きみなら、どんなことでも成し遂げられる」とスローガンを叫ぶトップクラスの人の中には、ビジネスで目を見張るような数字を、完全に合法的とはいえない手段で達成する人もいる――そこには精神的なエネルギーよりも、犯罪的なエネルギーのほうが強く働いている。
そのことを示すものは数多くある。
ポジティブ思考に効果がないことが悪いのではない。
私たちの世界では、たいていの物事では、こちらが期待するような結果は得られない。このことは、特に、「確実に成功する」とされる方法に当てはまる。
「きらきらの自分を見せたい」という動機
実際にうまくいくのは、他人に自分を信用させるのに成功した人たちだけだ。
だから、ポジティブ思考のサクセスストーリーは、ほとんどいつも、気が遠くなるような方法でお金を稼いだ人たちの体験談なのだ。
その点で「ポジティブ思考」は、ほかの成功法則と変わらない。それに、本当に不快な点は、「ポジティブ思考」は、自分が勝つことだけを求める、魂のない成功ロボットに人を変えてしまう点である。
それが人々の視野を狭めてしまう。
こうして人々は、今、いかに物事がうまくいっているのか、どれほど素晴らしく成功したのか、次にどんなすごいことが待ち受けているか、といったことを絶えず外に向かって宣言する。
このような人たちは、きらきらしている自分を、ほかの人に見てもらうことが重要なのだ。
挨拶で近況を伝えるときですら、成功話をしてしまう。彼らにはそれが必要なのだ。だが、何かを望まなければ「ならない」のであれば、私たちの意思は自由ではない。

