旅行の前には出没情報の確認を
――東京にもクマが現れる可能性があるとなると、もし街中で遭遇した場合にどうすればいいのか知っておきたいです。
正直に言えば、できることはほとんどありません。ただ、山の中と違って市街地では、近くの車や建物に逃げ込めるというオプションがありますよね。実際にそうすることで被害を免れた方もいます。ですので、もしそれができるなら、まず車なり建物の中に入ることだと思います。
あとは、特に慣れない土地に行く際には、自治体が出しているクマの目撃情報をチェックしてほしいですね。クマが確認されているエリアを事前に把握しておくだけでも、リスクは下げられます。
「自然破壊で山に住めなくなった」は誤解
――本書を読んでもっとも認識を改めたのが、クマが人里に現れるようになった背景でした。「人間が自然を壊したから」ではなく、むしろ逆であり、そこには社会構造が関係しているのだ、と。
かつてはクマのいる奥山と人の暮らす平地の間に、農業や林業を営む中山間地域がありました。人がそこにいること自体が、クマと人を隔てるバッファーの役割を果たしていたんですね。
ところがこの40〜50年で日本社会は大きく変わり、高齢化や過疎化により中山間地域から人がいなくなった。そして耕作放棄地が森に戻っていくことで、クマを含む動物が住めるエリアがじわじわと広がっていったんです。過去40年間で、ツキノワグマの分布域は約2倍になっています。
しかも物理的な距離が縮まっただけでなく、山から人の気配が消えたことで、クマにとっての心理的な障壁も薄れてきたと考えられます。山林が破壊されたからではなく、人がいなくなったことが今の状況を生んでいるんです。
――「山に住めなくなって人里に出てきた」という誤解は根強く存在していると思います。
たしかに高度経済成長の頃は日本が元気で人口は増えていたし、林業も盛んで奥山を開発していました。けれどもそれはせいぜいバブルの頃までの話です。わざわざ奥山の木を伐って売るなんて、今の人件費ではコストが悪すぎて到底考えられないんです。大規模な造林が行われたのも1980年代頃までで、それ以降の人工林の面積は変わっていません。
ところがニュースで「どんぐりが不作だからクマが山から出てきました」とだけ伝えられると、「食べものがなくてかわいそう」「人工林のせいで住めなくなった」というわかりやすいストーリーが簡単に作られてしまう。
そして多くの人がそれで納得してしまうんですよね。だからこそ世論が「かわいそうだから殺すな」「全部駆除してしまえ」と二極化してしまうのだと思います。

