東京に移住したワケ

欧米人を一目見たい、というだけで済むならまだいい。だが、ハーンが1年3カ月にわたって暮らした松江の人たちは、英語教育の面でも、郷土の魅力を見出し広く伝えてもらった点でも、ハーンから大きな恩恵を蒙ったはずなのに、ハーンが住んだ界隈について、「赤鬼が住むから近づくな」といい続けたと伝わる。

小泉凡氏は前掲書にこう記している。「明治の社会では、外国人はともすると、そうした得体の知れない存在だったのでしょう。それに来日したばかりの八雲が知事に次ぐような高給取りだったことが、地元の人々に複雑な感情を招いた面もあるようです」。

「ばけばけ」では、ヘブンが松江を離れる決断をするのは(第19週で熊本に転出する決断をするはずである)、トキを見ず知らずの土地に連れていって、心ない偏見から解放してあげたいと思ったから、という描き方をするようだ。

ハーンも同様の気持ちをいだいたのかもしれない。というのも、松江を離れてから5年後の明治29年(1896)の話だが、夫妻が東京に引っ越す際には、ハーンのそうした意志が働いていたからである。

東京府庁及び東京市庁(合同庁舎)。1945年5月25日の空襲で焼失した東京府庁舎(大正時代)。妻木頼黄設計で1894年完工
東京府庁及び東京市庁(合同庁舎)。1945年5月25日の空襲で焼失した東京府庁舎(大正時代)。妻木頼黄設計で1894年完工(写真=東京府総務部調査課『東京府勢概要』/PD-Japan-oldphoto/Wikimedia Commons

「東京は地獄」と言っていたが…

小泉凡氏は前掲書でこう述べている。「なによりセツは、大都市の匿名性を好んでもいました。地方では当時たいへん珍しかった外国人の妻として心ない視線にさらされることもありました。大都会ならあまり目立たずに暮らしてゆけますから」「セツは古くからの思考が生きる城下町の松江より、後に長く住んだ東京の方が落ち着いて暮らせました。首都の無名性の中で、のびのびできた人です」

そのことをだれよりも理解していたのが、夫のハーンだったということだろう。

セツの『思ひ出の記』には、次のように記されている。「ヘルンはもともと東京は好みませんで、地獄のようなところだと申していました。東京を見たいというのが、私のかねての望みでした。(中略)私に東京見物をさせるのが、東京に参る事になりました原因の一つだといっていました」。

トキがシンデレラのように持てはやされたのには、違和感を拭えなかった。だが、周囲の偏見にさらされ、それにヘブンが心を痛めるこれからの展開は、小泉セツと八雲の実際を知るためにも見どころになるのではないだろうか。

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