3秒で歩くことをあきらめた
つまり、「言葉を取り戻すために歩くことをあきらめましょう」という話です。かなり深刻な選択なので、僕も悩まなかったわけではありません。
でも、その時間はたった3秒でした。
ひとりで生活するには、歩くことより、着替えや食事などの日常動作ができることのほうが大事です。それに、学長職を続けるには周囲とのコミュニケーションが不可欠ですから、失語症も回復させなければいけません。自力で歩けなくても、電動車いすの操作さえ覚えれば、移動は何とかなるでしょう。だから3秒だけ考えて、先生の提案に同意したのです。
もっと前にも、重大な選択を即決したことがありました。60歳で起業して、ライフネット生命という新しい生命保険会社をつくったときです。
あれは自分からいい出したわけではなく、ある人からの誘いを受けて始めた仕事でした。とはいえ、何度も口説かれて決めたわけではありません。初めてその人と会って話を聞いたとき、それに乗ることを決めたのです。
この決断は、さっきお話ししたリハビリの選択とはちょっと違います。
生成AIのような脳の直感を信じる
歩行訓練をやめる決断が3秒でできたのは、「ファクトとロジック」があったからです。リハビリのプロが「残された時間で歩けるようにはならない」というファクトを示してくれたのですから、それを受け入れてロジカルに考えるしかありません。
そして、ファクトに基づいてロジカルに考えれば、すぐ「正解」が出ます。さっきも書いたとおり、「正解」のある問題に迷う余地はありません。だから「3秒」しかかからなかったのです。
一方、新しいスタイルの生命保険会社を立ち上げるべきかどうかという問題に、「正解」はありません。その誘いに乗らなくても、僕にはほかにいくらでも生きていく道がありました。だから、迷う余地はあったわけです。
それでもすぐに決めたのは、自分の「直感」によるものでした。会って話をしてみて、この人の話だったら乗ってみよう、と思った。僕にとっていちばん信頼できる判断基準は、自分の直感なのです。
直感というと、デタラメな「その場の思いつき」みたいなものだと思うかもしれませんね。でも、直感とはそういうものではありません。自分の脳がフル回転して自分の知識や経験を検索し、それを総合的に計算して出した最適解──それが直感です。
生成AIがユーザーの質問に瞬時に答えるような作業を、自分の脳がやっているのだと思ってもらえばいいでしょう。

