伝説の番組「パペポTV」でのキレキレ
その存在が全国に知れ渡ったのは、『鶴瓶上岡パペポTV』(読売テレビ)からである。1987年にスタート。当初は関西ローカルのみの放送だったが、評判になり日本テレビをはじめ全国で放送されるようになった。
番組自体は実にシンプル。上岡と笑福亭鶴瓶の2人によるフリートークのみの1時間。話題は幅広く、私生活のことや思い出話、時事問題まで気の赴くままに進む。放送禁止用語も気にすることなく、飛び出したときは映像や音声に加工処理が施され、それが逆に番組名物にもなった。
いずれにしても、流暢さと理屈に関しては上岡に一日の長があり、大体は鶴瓶が圧倒され、やり込められる展開になった。だが鶴瓶も黙ってはおらず、反撃する。
たとえば、高校時代の鶴瓶がポケットに手を突っ込んで歩いていたら、怖い兄ちゃんたちが近づいてきて「誰や、誰に教えてもろたんや、そんな歩き方」と絡まれた話をする。だが上岡は同情など全くせず、「言わんかい、聞いてはんねんから質問には答えな」と言い出す。怖い兄ちゃんたちの話の理屈は通っているというわけだ。
当然納得いかない鶴瓶は、それならばと上岡に高校生役をやらせ、どう答えるか見本をみせろと反撃に出る。即席のコントが始まるわけだが、その2人の呼吸が絶品だった。
上岡龍太郎は、当時テレビではあまり見たことのないタイプの芸人だった。常に理詰めで持論を展開し、相手のおかしいと思う点を理路整然と追及する。一見テレビのコメンテーターのようだが、上岡の場合は笑いにもつながるちゃんとした話芸になっている。
占い師に見せた強烈な皮肉
『パペポTV』で全国区になった上岡は、『上岡龍太郎にはダマされないぞ!』(フジテレビ系、1990年放送開始)など次々に番組のメインを務めるようになる。だがメジャーになっても徹底した理詰めの姿勢は変わらなかった。
たとえば、占いや心霊現象に対しては懐疑的で、時には反発心をむき出しにした。
『ナイトスクープ』の「恐怖の幽霊下宿」というVTR(1994年放送)で、幽霊が実在するかどうか曖昧にしたまま面白おかしくまとめた内容を見て激怒。収録の途中でボイコットする挙に出た。
また占い嫌いも相当なもので、自分のラジオ番組に占い師が出演した際、手にマジックを持ち、「これをどうするかわかりますか?」と質問したうえで、いきなり占い師の顔にバツ印を書いた。占い師なら未来がわかるだろうという強烈な皮肉である。
真実をはっきりさせないと気が済まないという強いこだわりは、視聴率調査にも向けられた。

