「一休さん」は堂々と女性と関係
室町時代における臨済宗・大徳寺の高僧、一休宗純は破戒僧としても知られた存在だ。飲酒や肉食などを躊躇なく行い、特に女性関係については隠すことなく公言していた。一休の語録集『狂雲集』には、一休が70歳の頃に出会った瞽女(盲目の女芸人)との情事も描かれている。
「盲女森侍者、情愛甚だ厚し。将に食を絶って命を殞さんとす。秋苦の余り、偈を作って之を言う」
(目が見えない森という女と出会った。とても愛おしい。食事を絶って、死んでやろうかと思うくらいだ。その胸の苦しみを、詩をつくって表現した)
(目が見えない森という女と出会った。とても愛おしい。食事を絶って、死んでやろうかと思うくらいだ。その胸の苦しみを、詩をつくって表現した)
一見、とんでもない破戒僧のようであるが、俗人的な生き様を示した一休は大衆の喝采を浴びた。むしろ一休は、大寺院の権威主義と偽善を批判するため、あえて破戒僧としての立ち振る舞いをしたとの見方もある。
江戸時代、多数の僧侶が吉原へ
女犯は、江戸時代には寺院法度によって厳罰の対象となり、その罪と罰の様子は瓦版などを通じて、公にされた。
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