浅野家の家系図の疑問点

浅野家は土岐氏の流れで、土岐美濃守光衡みつひらの子・次郎光時が尾張国丹羽郡浅野村(愛知県一宮市浅野)に住んで浅野を名乗ったという。たしかに土岐氏の一族に浅野家は存在するが、長政の家系がその末裔であるとは限らない。浅野家の家紋が、土岐一族が家紋とする桔梗ではなく、違い鷹の羽であるのも奇妙である。

浅野家の家紋「丸に違い鷹の羽」
浅野家の家紋「丸に違い鷹の羽」(写真=アレックス・トラ作/CC-BY-SA-3.0/Wikimedia Commons

土岐光衡から長政の養父・浅野長勝まで繫げた系図のみならず、長政の実父・安井重継までご丁寧にも繫げている系図があるので、全く信用してはいないが掲載してみた。

【図表】浅野家の家系図

長政は養父と同じく織田家の弓衆だったが、信長の命により秀吉の与力となった。天正元(1573)年に近江で120石を与えられ、天正10(1582)年には京都奉行に着任。天正11(1583)年の賤ヶ岳の合戦後に近江甲賀郡、栗太郡で2万300石を賜り、坂本城主となった。