無事に退院できたけど…

そういう抜群の腕を持っている医師に出会えたわけなのですが、実はその医師は患者とのコミュニケーションがとても下手な人でした。会話がうまくないというレベルではなく、彼の選ぶ言葉づかいが、「患者の生きる気持ちを萎えさせてしまう」ほどだったのです。

せっかく手術が成功したというのに、平気で「最悪のシナリオでした」「あなたのは、ラッキーではありません」「再発を防止する手段はありません」などと言い、「生き延びようとあがく人にかぎって不思議なことに死ぬんですな」とまで言われて、作者の気分はどん底まで落ちました。

また、抗がん剤のきびしい副作用に苦しめられながら懸命に社会生活を続けている時期

患者と会話する医師
写真=iStock.com/Jacob Wackerhausen
※写真はイメージです

に、抗がん剤治療を続けるべきかどうかという相談をすると、とにかくよけいなことを考えずにもっともっと努力しろと発破をかけられるばかりでした。病理検査の結果を見せてくださいとお願いしても、「そんなもの見てシロウトがわかるわけない」と、取り付く島もありません。

とうとう、この医師の「手術を受けられたことには心から感謝している」、それでも、この先生とは「相性が悪いらしい」と判断し、「患者の気持ちを鼓舞し、患者の伴走者」になってくれる医師を探そうと決めます。ほんとうはがん細胞と闘うべき時に、はからずも人間と闘ってしまっていたことに気づかれたわけです。

今度は、患者の心をつかむ医師に出会った

しかし一方では、「外科の先生なのに、内科的な化学療法の分野で患者を指導しなければならないシステムそのものに改善の余地があるのではないか」と、医療そのものへの冷静な視線も失いません。「外科手術が終わって、術後の化学療法に移ったら、主治医も腫瘍専門の内科の先生にバトンタッチするほうが適切なのではないか」との、鋭い指摘をされるのです。

さて担当医を替えた山口先生ですが、今度は対照的に、「患者の心をつかむコツを心得ている」、言葉を交わすだけでグッとやる気を引き出してくれる医師と出会うことができました。手術などの技術が高くても、その後の対応の仕方が悪い医師にあたってしまうと、再発を見落とすことにもつながりかねません(山口先生は、さいわいそういう事態にはいたりませんでしたが)。どういう医師と出会うのかによって、運命が変わるということは、このエピソードからもご理解いただけると思います。

そういうわけで、この章では、良い医師とはどういう医師なのか、ということを考えていきたいと思います。