「戦国大名化」した宗教者の末路

宗教者が世俗的な勢力を持ったことが問題であった。しかも本願寺の宗主は門徒たちに「進者往生極楽、退者無間地獄」という軍艦旗をスローガンとさせていたのであれば、まったく宗教とは埒外らちがいの存在として本願寺宗主を位置づけざるを得なくなる。

戦国という社会が、宗教者から宗教的側面を奪い、戦国大名の一種として世俗に塗れさせてしまったといえよう。それまで精神の領域にあった仏教が、現実世界に落ちてきてしまっていたのである。天下布武を唱える信長と同列の位置にまで自ら降りてきてしまっていたともいえよう。

さて、この続きを『信長公記』巻七に見よう。信長の布陣については次のように記されている。