主人公にしては度が過ぎる発言

ことに蔦重と歌麿の関係においては、歌麿の側に感情移入した視聴者が多かったと思う。第45回「その名は写楽」(11月23日放送)では、蔦重から離れた歌麿のもとを、蔦重の妻のてい(橋本愛)が訪ね、「戻ってやってはいただけませんか?」といって頭を下げた。

その際、歌麿が残した下絵を蔦重が錦絵に仕立てた『歌撰恋之部』を持参し、歌麿の意図を汲んだ出来栄えを強調し、歌麿のことをこれほど理解できる出版業者はほかにいないはずで、蔦重にとっても歌麿ほどわかり合える絵師はいない、と説き伏せた。その結果、歌麿は蔦重のもと戻るのだが、そもそも歌麿が蔦重から遠ざかった原因は、「べらぼう」で描かれたところでは、蔦重の度がすぎるKYにあった。

たとえば第42回「招かれざる客」(11月2日放送)。江戸で評判の3人の美人を1枚の絵に描いた『当時三美人(寛政三美人)』が大ヒットし、彼女たちが働く店に多くの人が押し寄せるようになると、自分の店の女性も歌麿に描いてほしいと考える商人たちが、蔦重の耕書堂に列をなした。

喜多川歌麿筆・寛政三美人:富本豊ひな(上)、難波屋おきた(右)、高島屋おひさ(左)
喜多川歌麿筆・寛政三美人:富本豊ひな(上)、難波屋おきた(右)、高島屋おひさ(左)〔写真=トレド美術館所蔵/PD-Art(PD-Japan)/Wikimedia Commons〕

しかし、大量の注文を歌麿ひとりでこなすのは難しい。歌麿は悲鳴を上げたが、蔦重の応答は次の通りだった。「この際、弟子に描かせたらどうだ?」「弟子にあらかた描いてもらって、お前が名だけ入れりゃあいいじゃねえか?」。

蔦重の要求に視聴者もうんざり

歌麿は1枚1枚の絵をていねいに描きたいのだが、それを伝えても蔦重は聞く耳をもたない。「お前の絵はお江戸の不景気をひっくり返しはじめてんだよ。ちょいとした方便くれえ、お前、許されんだろ?」といって、歌麿に有無をいわせない。

同じ42回には、次のような場面もあった。蔦重は吉原を訪ね、女郎屋や引手茶屋の主人たちに、女郎の大首絵の揃いものを出さないかと持ちかけた。結果として、歌麿が50枚の女郎絵を描けば、蔦重が吉原に100両の借金を返済したとみなす、という約束をとりつけた。だが、蔦重はこの話を事前に歌麿へ打診しておらず、勝手に吉原と取引したのだ。

歌麿は蔦重がなんら相談もないまま、自分の仕事を勝手に決めたことが許せない。だが、反発する歌麿に蔦重がいったのは、「頼む、ガキも生まれんだ」。妻のていが妊娠したというのだが、歌麿には関係ない。しかし、蔦重は「正直なとこ、あらたな売れ筋がほしい。頼む、身重のおていさんに苦労をかけたくねえんだよ」と、重ねて頼み込んだ。

歌麿はやむなく蔦重の求めを受け入れたが、蔦重の要求はあまりに自分本位で、歌麿の立場や心情を無視していた。これにはうんざりした視聴者も多かったのではないか。歌麿自身、蔦重が自分のことを商売道具としてしか見ていないと感じ、複雑な思いを抱いていたところに、西村屋の二代目の万次郎(中村莟玉)が訪ねてきた。そこで歌麿は、蔦重から離れる決断をした。「この揃いものを描き終わったら、もう蔦重とは終わりにします」。