推薦が見送りになったワケ

国宝の天守のほか、天秤櫓など重要文化財に指定されている建造物が5棟現存する。城の中核をなす金亀山の北側には、井伊家の下屋敷に付随して作庭された池泉回遊式庭園の玄宮園があり、秋には木々が鮮やかに色づく。国の名勝でもあるこの庭から遠望する天守は彦根城の代表的景観で、とくに紅葉の季節は美しい。金亀山自体も赤や黄で染まる。

ところで、彦根城が世界文化遺産候補の選に漏れた理由としては、「大名統治システムを有形遺産で示す」というアピールの根拠が弱いことが挙げられた。私もそう思う。幕藩体制下では各地に大名が居城を構え、重臣を集住させて平和を保ったが、彦根城にはそのシステムを説明できる遺産がある――というのが地元の主張だった。たしかに、そのシステムが一定程度残ってはいるが、「大名統治システム」自体は幕藩体制下のどの城にも当てはまり、独自性に乏しい。

一方、彦根城には天守、天秤櫓、太鼓門と続櫓など、他城から移築された建造物が多く残る。解体と移築は、日本伝統の木造軸組工法だからできたことで、欧米の石造建築ではほぼ不可能だ。彦根城に移築が多いのは、豊臣包囲網の構築を急ぐ必要があったからだと思われるが、そのために日本独自の移築という方法がとられ、彦根城にはその事例が多く残る。こうした点こそ主張すべきではなかったか。