人を雇うとはどういうことか
2011年、日本学術振興会から海外特別研究員として支給された1年間の軍資金は、私の給料と研究費込みで総額380万円。軍資金をどう使うかは個人采配に委ねられ、極論を言えば研究に使わなかったらそのままふところに残る。そんなこざかしい真似はせずに、研究のためには惜しまずに使っていこうと最初から決めていた。そのほうが早く就職につながるはずだと信じて。
これまでも日本学術振興会の特別研究員として支給された研究費を旅費や研究機材購入のために使ったことがあったが、モーリタニアに渡り、新しい使い方をすることになった。人件費だ。いずれ自分も自身の研究チームを率いてバッタ研究を進めていくことになるだろう。人を雇うということはどういうことか、今のうちに体験しようと考えていた。そこにババ所長からティジャニを推薦してもらったので、どんなことになるのか見極めようと期待していた。
初顔合わせのティジャニは、ジャケットで決めてきた。よほどババ所長から重要な任務として仰せつかっていたのだろう。言葉が通じないから挨拶が終わると無口になる二人。ティジャニが何やら私に伝えたいようだが、さっぱりわからない。英語が話せるティジャニの友達に通訳をお願いしたところ、ティジャニの月給の交渉をしたいようだ。その夜、さっそく友人宅で交渉をした。モーリタニアの給料の基準を知らなかったが、彼らが提示してきたのは月給3万円。モーリタニアでは日本のように目的地に辿り着くまで何回も曲がってくれるタクシーは高額で、一般市民は低額の直進タクシーを乗り継いで目的地まで辿り着く。
「ティジャニをドライバーとして雇ったら何回でも曲がれるからお得だし、一日中コータローの望む時に運転する」とのこと。日本で大人を雇うことを考えたら安いと思いOKを出した。今考えるとババ所長や研究所の人間を通じて交渉すると不利になるから友人に頼んだのだろう。この月給は研究所のドライバーたちの3倍だった。
数日後、泣きそうな顔でティジャニが研究所の敷地内にある私のゲストハウスに押しかけて来た。