「自分の仕事は誰を救っているのか」。広告会社で働く松坂俊さんはそんな違和感を抱えつつ、3年前にマレーシアに赴任した。そこでの出会いが、松坂さんの働き方を大きく変えた。「女性がレイプ被害にあっても加害者を裁く法律がない」というマレーシアの理不尽な現状とは――。
マッキャンエリクソンのクリエイティブディレクター・松坂俊氏
撮影=佐藤新也
マッキャンエリクソンのクリエイティブディレクター・松坂俊氏

マレーシア移住で知った性暴力被害の酷い現状

世界100カ国にオフィスを持つ広告代理店マッキャンエリクソンの松坂俊が家族と一緒にマレーシアに移住したのは2017年のこと。現在1カ月のうち3週間程度はマレーシアで働き、のこりの1週間程度は日本で働くという二拠点生活を送る。

移住してすぐの不慣れな異国の地での暮らしを親切に案内してくれたのが、当時マッキャンマレーシアで働いていたユイニ―という女性だ。

彼女は「多民族国家だから人との距離感を大切にすること」「食べることが大好きだからおいしい食べ物の話は盛り上がること」など、マレーシアで暮らす上で重要な文化や慣習を教えてくれた。また、週末になると松坂の家族も招いて現地の友人や知人を紹介してくれた。そのおかげで松坂は不安な気持ちを持つことなくマレーシアでの暮らしをスタートし、仕事と生活の基盤をつくることができた。

そんな大切な友人とランチを一緒にしていたある日、松坂は「昔、元彼にレイプされたんだよね」と告白を受ける。

「ユイニ―は8年間もその過去に苦しんでいたことを打ち明けてくれました。そしてその経験を自分と同じような境遇の人たちや社会のために役立てたいと言ったのです」

ユイニ―の話を聞いてから松坂が調べてみると、非政府組織の「Women's Aid Organisation(WAO)」が性的暴行の問題に取り組んでいることがわかった。WAOによると、報告されているレイプ被害件数だけでも2000年の3468件から2016年の5796件と1.67倍に増えている。しかも、17歳以上の独身女性を性暴力から守り、かつ被害者の権利が保護されるために十分な法律がない。そのため被害者は沈黙する傾向があり、実際に発生した事件の9件に1件の被害報告しかされていないという。

「ユイニ―の過去を聞いて、この現状を知った時、すごくショックを受けました。マレーシアには一緒に暮らす妻と娘もいます。それに僕も家族もマレーシアのことは大好きなので、自分がこれからも住む環境として何かアクションを起こさないとまずい。この問題に全面的にコミットしようと思うようになりました」

そんな思いから松坂は自らのプロジェクトを立ち上げる。