「いただきます」に該当する外国語はない。食文化史研究家の永山久夫氏は、「外国人と接する際にも、日本食の決まりごとやしきたりを話すことができると、コミュニケーションが円滑になる。ぜひ学んでほしい」と説く――。

※本稿は、永山久夫監修『ビジネスエリートが知っておきたい 教養としての日本食』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

「いただきます」は日本特有の挨拶

2018年に来日した外国人の延べ人数は約3120万人。2008年が約835万人ですから、10年間で3倍以上の急増です。おのずと、外国人と接することが多くなりました。ときには、外国人から「日本人のアイデンティティは何か?」と問われることもあるでしょう。

そんなとき、拠りどころのひとつとなるのが日本食です。「食」はその国の風土が生み育んだ文化のひとつであり、日本食を語れるようになると、日本人としてのアイデンティティを築くことができます。グローバル化が進み、外国人とビジネスをする機会も増えた今、日本の食にまつわるテーマを普段からインプットしておくことは、ビジネスマンにとって大事なことです。

外国人に日本食のことを話すとき、知っておくと役立つことの代表に「作法」、すなわち、「決まりごと」や「しきたり」があります。作法を説明することは、和の心を伝えることになるからです。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/byryo)

たとえば、日本では両手を合わせて「いただきます」と言ってから食事を始めますが、この挨拶には日本らしさが表れています。食事を始めるとき、フランスでは「ボナペティ」と声をかけますが、これは「召しあがれ」という意味で、日本の「いただきます」という挨拶とは異なる発想です。じつは、食前の「いただきます」は日本特有の挨拶であり、まったく同じ意味の言葉は外国のどこを探しても見当たりません。

「いただきます」の「いただく」という言葉の意味は、山の頂に宿る稲作の神様への感謝の心を表す言葉に由来します。神様が宿るとされる山の頂上や頭のてっぺんを「頂」と言ったため、「頂く」「戴く」は大切なものを頭の上にうやうやしく捧げ持つ言葉へと発展しました。

頭上に捧げ持って「押し戴く」から生まれた

さらに中世以降、位の高い人から物をもらったときや、神仏にお供えしたものを食べる際には、頭上に捧げ持つ「押し戴く」動作をしてから食べたため、「食べる」「もらう」の謙譲語として「いただく」が使われるようになります。この言葉がやがて、食事前の挨拶「いただきます」として定着していきました。

ですから、「いただく」というのは、米や野菜、魚、肉などすべての食材には命があると考え、その命をいただくことで、自分が生かされていることに感謝する言葉なのです。

もうひとつ、「いただきます」は、食材を育てる人や運ぶ人、食事を作る人、配膳する人など、その食事を整えるのに携わったすべての人に対する感謝の心を示す意味もあります。

また、命を分け与えてくれた食材や、食事が出されるまでに関わったすべての人々に対して、敬意をはらい、感謝する言葉なのです。