「掃除と経営」の限界点

鍵山さんの『凡事徹底』が刊行された1994年以後、掃除と企業経営に関する著作が多く刊行されるようになります。1995年、ライターの山本健治さんによる『掃除が変える 会社が活きる』では、「いま、掃除がひそかに注目されている」(「はじめに」)として始まり、この時点での注目すべき人物、掃除の効用等について整理がなされています。

まず、掃除が今日重要とされる背景についての言及は、鍵山さんらの主張と同様のものです。つまり、掃除には根気、誠実さ、「あらゆることを馬鹿にしないという気持ち」が必要だが、「ついこの間までの私たち日本人は、そういう『基本』をおろそかにしていたのではないか」。「努力、根性、質実、勤勉などといった言葉はもう古臭い」もので、「いかに楽をして、手軽に、大きくもうけるか」と考えてきたのではないか。しかし「こういう安易な考え方では、決して長続きはしない。そのことはバブル経済の繁栄とその崩壊を通じて、誰の目にも明らかになった」。そこで基本から教育をやり直そうという話も出てきたが、「それを担う『人』の部分にこそ、もっと本質的な問題があるのではないか」(「はじめに」)。このように、バブル経済はいまや崩壊し、人間のあり方や心こそが重要であることがわかった、そこで掃除に注目してみようというストーリーがここでも語られています。

山本さんが紹介するのは、まず鍵山さん、次いで浅野さんと上甲さん、松下さんはその後に1章分を割いています(上甲さんの著作よりもさらに踏み込んで、松下さんの掃除哲学の検討がなされています)。ついで、楽しく、かつ重要な仕事として掃除を位置づけるディズニーランドにも1章が割かれ、そして掃除で業績を伸ばした企業数社がまとめてとりあげられています。

私が特に注目したいのは、『掃除セミナー』を開催している中央会経営教育センター代表(当時)の谷口正治さんに「掃除の効用」を聞いている箇所です。山本さんの整理によればそれは、「無心になれる」「気分が爽快になる」「よい行ない(善行をして満ち足りた気分になることができる:引用者注)」「自ら掃除をすることによって、謙虚に誠実に生きることの大切さを教えられる」「社長のいすに座ることで、見ていなかった、見えなかったことが見えるようになること」「現場をじっくり見直す機会になること」だといいます(29-40p)。

これらは包括的に言及されていると思うのですが、いずれも経営者にとって、という視点からの整理でした。山本さんの著作の表紙には、掃除には「あらゆる仕事のエッセンスが含まれている」、「経営活性化策としての掃除の大切さを説く」とあるように、あくまでも掃除は経営者(ここまでに紹介した著作における登場人物の多くは男性でした)にとって重要なもの、また仕事に関係するために重要なものだと認識されています。つまりまだ、掃除によってどんな人でも夢がかなう、片づけによってどんな人でも人生がときめく、というところまではたどりついていないわけです。

とはいえ、バブルが崩壊した今、心のあり方が重要であるという状況認識を背景として、掃除は自分を見つめ直し心を磨く有効な手段なのだという言論が現われたことは、掃除と片づけの歴史からみれば、画期的な出来事でした(省略しますが、以後ますますこうした著作数は増えていきます。鍵山さんだけ見ても、『凡事徹底』から数えて既に32冊もの著作を刊行されています)。しかし、掃除と会社経営というテーマの書籍が切り拓いたのはここまでです。この後は、橋本奎一郎『お掃除社内革命』などによって、ここまでに示した論点のハウ・トゥ化が進んでいくことになります。

近年の掃除・片づけ本の内容にたどりつくには、別ジャンルの書籍に目を転じて追っていく必要があります。それが次週の素材、女性向けの整理・収納本です。

『決断の経営
 松下幸之助/PHP研究所/1979年
『松下政経塾 塾長講話録
 松下政経塾編/PHP研究所/1981年

『志のみ持参
 上甲 晃/致知出版社/1994年

『喜びの発見
 浅野 喜起/致知出版社/1994年

『凡事徹底
 鍵山 秀三郎/致知出版社/1994年

『掃除が変える 会社が活きる
 山本 健治/日本実業出版社/1995年

『日々これ掃除
 鍵山 秀三郎/学習研究社/1995年

『お掃除社内革命
橋本 奎一郎/中経出版/1996年

『清貧の思想
 中野 孝次/草思社/1992年

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