高度な要求を実現するため設計委員会を組織
ホテルのコンセプトについての見解は、会長と社長とでほぼ一致していた。あとはそれをどう設計デザインや什器・備品調達に反映させていくかだが、その実施過程ではさまざまな見解の相違があり、意匠デザインのやりなおしが幾度もおこなわれた。
ホテルの建設工事は、旧大倉財閥系の大成建設が担当することは既定路線だったが、設計施工を建設会社に丸投げする従来の手法では、喜七郎たちの意匠に対する高度な要求を実現することはできない。そこで大成観光は、東京工業大学教授で建築界の大御所である谷口吉郎を長とする設計委員会を組織して、設計実務を委託することにした。
東宮御所、慶應義塾大学第三校舎、藤村記念堂などを設計した谷口は、愛知県犬山市にある博物館明治村の初代館長でもある。日比谷の鹿鳴館が解体されていくようすを目にした谷口は、明治期建築の保存の必要性を強く感じ、旧制第四高等学校(金沢市)の同窓生である名鉄会長の土川元夫に専用施設開設を持ちかけて、それを実現させたのだった。
ここから先は無料会員限定です。
無料会員登録で今すぐ全文が読めます。
プレジデントオンライン無料会員の4つの特典
- 30秒で世の中の話題と動きがチェックできる限定メルマガ配信
- 約5万本の無料会員記事が閲覧可能
- 記事を印刷して資料やアーカイブとして利用可能
- 記事をブックマーク可能
