「人間性を高める取り組み」の域へ

もう一冊、この時期の「手帳術」関連書籍には重要なものがあります。ワタミ株式会社代表取締役社長・CEO(当時)の渡邉美樹さんによる『夢に日付を!』(2005)です。同書では夢という一点にフォーカスした「手帳術」が語られ続けます。そのノウハウは、同書冒頭で次のように示されています。

「夢に日付を入れて、夢と現実の差を明確にし、その差を日数で割り、日々やるべきことをやり抜く これによって今日という日が変わり、結果として、一日、一日と夢に近づいていく」(3p)

このノウハウは、渡邉さん自身が「これでは本にはならない」(3p)と述べるほどにシンプルなものです。また、先述した「デイ/フランクリン・プランナー」で示された夢の作業化のアイデアにかなり近いことを考えると、特段独創的なものというわけではありません。また、その後に述べられる、「手帳術」は単なるノウハウではなく「一つの生き方の提案」(4p)という主張にしても、藤沢さんや佐々木さんの著作が既にそうであって、やはり独創的なものとはいえません。

渡邉さんの主張に新奇性を見出すとすれば、「手帳術」の活用を自己成長のプロセスとして捉えている点だと私は考えます。その考え方は次のように整理できます。渡邉さんの「手帳術」のポイントは、夢をかなえることにあります。自分のかなえたい夢とはつまり、自分自身の価値観を煮詰めたものだといえます。そのため、渡邉さんの「手帳術」を実行することは、自分自身の価値観と向き合うということと同義です。そして渡邉さんは、「手帳術」を駆使して夢をかなえようとする「プロセスのなかで人格が磨かれていく」と述べます(28p)。そしてこの「『夢に向かうプロセスのなかで人間性を高める』ことが、人生の最大の目的」(33p)だとされるのです。

つまり、夢に向かうプロセスとしての「手帳術」への取り組みは、人間性を高めるための取り組みでもあるとされるのです。渡邉さんの著作にはしばしば「あきらめなければ夢は必ず叶う」(43p)という考え方が登場しますが、自己成長プロセスとしての「手帳術」という観点から解釈するとき、これは単に夢がかなう云々の話ではなくなります。渡邉さんの「手帳術」の世界では、夢に取り組み続けるための「手帳術」に真摯に取り組むことは、人間性を高めようと努力する人間だということの表れであり、夢をあきらめて「手帳術」を手放してしまうことは、人間性を高めることを放棄した人間だということの表れだとされるのです。

渡邉さんの「手帳術」のノウハウは、先にも述べたとおりシンプルで、特段新しいものではありません。しかし、その「手帳術」への情熱は、なかば強迫的ともいえるほどに強いものがあります。この強迫性も渡邉さんの「手帳術」がもつ新奇性といえるかもしれません。具体的には以下のようなものです。

夢に日付を入れるのは「この一瞬一瞬を最高の状態で生き切るため」に行う(51p)、夢の実現のために「毎日120%のギリギリの努力を続けたら、どれくらいの期間で達成できるか」を考える(119p)、その達成予定日は「死ぬほどの努力を続けることができれば」という観点から考える(119p)、夢の実現は「絶対にできるという思い込みを、具体的な行動として手帳に落とし込」む必要がある(131p)、等々。

渡邉さんの主張は、先述の藤沢さんの夢をかなえる「手帳術」とは、夢を取り扱うという点では共通していながらも、全く異質なものであるように見えます。こうして、2000年代前半において、夢をかなえる「手帳術」は、またたく間に行き着くところまで行き着いてしまったのでした。

さて、この時期にはGMOインターネット代表取締役会長兼社長・熊谷正寿さんによる『一冊の手帳で夢は必ずかなう』(2004)という著作も刊行されていました。内容はこれまでに紹介した著作と大きく異なるものではないので紹介は割愛しますが、いずれにせよ2000年代前半は、幾人か(および企業)の手によって、夢をかなえる「手帳術」が相次いで発表された時期だったといえます。

「デイ/フランクリン・プランナー」は手帳が先行したものでしたが、今回紹介した藤沢さん、佐々木さん、渡邉さん、そして熊谷さんはそれぞれ、自らの主張する「手帳術」がよりよく実行できるように、著作の刊行とほぼ並行して手帳をプロデュースして売り出してもいました。その意味でも、夢の「手帳術」化、夢の作業化が進んだ時期だったといえます。

とはいえ、誰がこうした動向の基点にいるのかを考えるのは難しいことです。「フランクリン・プランナー」の前身である「デイ・プランナー」は1984年から発売が開始されており、熊谷さんは2004年の時点で「20年前に、人生でやりたいことを書き出し」、その「実現時期を明記した15年計画の『未来年表』」を作ることを始めたとと述べています(『日経ビジネス アソシエ』2004.12.7、32p)。

そもそも、以前紹介した1979年の『誰も教えてくれなかった上手な手帳の使い方』でも、人生設計の記録という市井の人々の使い方が紹介されていました。同書に懸賞論文を投稿しなかった当時の人々のなかにも、夢をかなえる「手帳術」を実行していた人はいたかもしれません。

このように、手帳という非常に日常的なツールについて、新しい用途を発明したのは誰かという起源の探求はかなり難しいものです。それよりは、なぜ2000年代、いわば同時多発的に夢と「手帳術」がワンセットになった書籍の刊行が相次いだのかを考えていくほうが有意義であるように思えます。とはいえ、これは再来週の考察の回で扱うこととし、次回は2000年代後半以降の「手帳術」について扱いたいと思います。

『フランクリン・システム
 サイビズ編集部/サイビズ/1995年

『人生は手帳で変わる
 フランクリンコヴィージャパン/キングベアー出版/2002年

『夢をかなえる人の手帳術
 藤沢優月/ディスカヴァー・トゥエンティワン2003年

『ミリオネーゼの手帳術
 佐々木かをり/ディスカヴァー・トゥエンティワン/2003年

『夢に日付を!
 渡邉美樹/あさ出版/2005年

『一冊の手帳で夢は必ずかなう
 熊谷正寿/かんき出版/2004年

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